2026-10-22 コメント投稿する ▼
岩屋毅氏の訪中は何を得たのか 「原因を作った」発言が中国に使われた問題
自由民主党(自民党)の岩屋毅氏(前外相)は、2026年9月末の訪中で王毅氏(外相)らと会談しましたが、対話の窓口は駐日大使に任され、高市早苗氏(首相)の答弁を「事実上の撤回」とする提案も退けられました。帰国後の「原因を作ったのはこちら」という発言は、2026年10月12日の中国外務省の会見で、日本に責任を求める場面に使われました。さらに、外相時代の2024年12月に中国人向けビザの緩和を表明した訪中など、岩屋氏のこれまでの対中姿勢も振り返ります。成果を強調する一方で、政府の了解の範囲や発言の狙いについて説明が足りない岩屋毅氏の責任を問います。
岩屋毅氏の訪中で確認できる成果は何か
訪中団は日本企業の役員ら約50人で、2026年9月27日から30日まで中国に滞在しました。中国の要人が2日続けて会談に応じたことは事実です。しかし、会談の中身を見ると、具体的な合意は確認できません。
岩屋氏の説明によると、政府間の対話の窓口を開くよう求めたところ、王毅氏の返答は、呉江浩氏(駐日大使)に任せてあるというものでした。首脳や閣僚の会談を再開するという約束は、得られていません。
ここで、高市早苗氏(首相)の答弁を確認しておきます。高市氏は2025年11月7日の衆議院予算委員会で、台湾有事は存立危機事態になり得ると答弁しました。存立危機事態とは、日本が直接攻撃されていなくても、密接な関係にある国への武力攻撃によって日本の存立が脅かされる場合のことです。中国はこの答弁に強く反発しました。
岩屋氏は、この答弁をめぐる打開案を王毅氏に示しました。首相の答弁を撤回するのは政治的に高いハードルがあると伝えたうえで、1972年の日中共同声明の精神を改めて確認し、それを「事実上の撤回」として扱う案です。王毅氏は、曖昧な方法はよくない、問題を起こした側が解決すべきだとして、この案を受け入れませんでした。
提案を断られて帰ってきて、何が成果だったのか説明してほしいです。
対日輸出の管理についても、何立峰氏は、民生用であれば問題ないという考えを示したとされています。この説明は目新しいものではありません。2026年2月にも中国商務省の報道官が、対象は軍事にも民間にも使える品だけで、通常の貿易には影響しないと説明していました。岩屋氏自身も、現場では輸入がかなり滞っているとの見方を示しています。
岩屋氏の「原因を作った」発言が中国側に使われた
帰国後、岩屋氏は海外の通信社の電子メール取材に答え、「原因を作ったのはこちらなのだから、こちらから積極的に動くべきだろう」と述べました。同じ取材では、高市氏の外交姿勢について、「日本は大国ぶる必要はない」とも語っています。
相手に断られた直後に、自分の国に原因があると言うのは理解できません。
2026年10月12日の中国外務省の定例記者会見では、岩屋氏らの発言が取り上げられました。毛寧氏(報道官)は、日本国内の有識者の発言には理性と良識が表れているとして、中国側として積極的に評価すると述べました。そのうえで、問題の責任は完全に日本側にあると主張し、日本の政権担当者に、国内の正義の声に耳を傾け、台湾や歴史、対中認識について是正するよう求めました。
岩屋氏は同じ取材で、中国側が対話の窓口を閉ざしている面にも触れていました。しかし、毛寧氏の回答には、その点への言及は確認できません。つまり、日本側に原因があるという言葉だけが、中国が日本に責任を求める場面で使われた形です。
その言葉を使われて、相手の主張の裏づけにされたのは情けないです。
首相の答弁を批判する自由はあります。しかし、それと、中国が責任を日本に押しつける材料になりかねない発言への批判は両立します。外交上の対立があっても、対話を続けるか、貿易を制限するかを決めるのは中国政府です。岩屋氏が中国側の対応まで正当化したとは確認できませんが、日本が譲らないから問題が長引くという中国側の理屈を裏づける材料に使われかねません。
外相時代から続く岩屋氏の対中姿勢を振り返る
岩屋氏は2024年10月から2025年10月まで外相を務めました。2024年12月25日には外相として北京を訪れ、王毅氏と約3時間会談しています。この訪中で、中国人向けに10年間有効の観光用数次ビザを新設し、団体観光ビザの滞在可能日数を延ばすと表明しました。一方で、与那国島の南方の日本の排他的経済水域内に新たに設置されたブイについては、即時撤去を求めています。
ビザの緩和を表明して帰ってきたのなら、その理由を丁寧に説明してほしいです。
2026年7月には、前会長の河野洋平氏(元衆議院議長)が6月に亡くなったことを受け、国貿促の新会長に就きました。河野氏が会長だった2025年6月3日には、訪中団を李強氏(首相)が迎え、翌4日に王毅氏が会っています。今回は、李強氏との会談は確認できていません。高市氏の答弁後に関係が悪化した中での接触なので単純には比べられませんが、会談相手が2人いたという数だけで特別な厚遇と評価するのは無理があります。
帰国後の2026年10月2日には、地元の別府市で記者会見を開き、中国共産党の幹部2人との接触が実現したことを前進の一歩と評価しました。しかし、先に見たとおり、対話の窓口、答弁をめぐる提案、輸出の滞りのいずれも、具体的な合意は確認できません。こうして並べると、中国との接触そのものを成果として強調する姿勢が目立ちます。
岩屋毅氏に求められる説明責任
首相の答弁を事実上取り消す提案を、経済団体の会長が中国側に示したことには、重い問題があります。外交は政府が責任を持って行うものです。政府は、木原稔氏(官房長官)が、民間の経済団体の動向について逐一のコメントは控えると述べるにとどまっています。岩屋氏は、この提案について政府の了解がどこまであったのかを明らかにするべきです。
首相の答弁を引っ込める案まで出すなんて、誰の代表のつもりなのでしょうか。
高市氏は、2025年11月10日の答弁で、存立危機事態をめぐる発言は従来の政府の立場に沿ったものであり、撤回しないと述べています。日本の首相が国会で示した安全保障の認識を、外国から求められて取り消すことはできません。日本の政治の判断を、外国に預けることになるからです。岩屋氏自身が王毅氏に撤回の難しさを伝えながら、撤回扱いにする案を出したことは、日本側が引き下がる方法を探っていると受け取られかねません。
大切なのは、会うか会わないかではありません。中国外務省の会見では、日本の政権担当者に是正まで求める言葉が出ました。この状況で譲歩の姿勢を見せれば、日本の立場を弱めることになりかねません。岩屋氏には、自分の提案が退けられたことと、自分の発言が中国側に使われたことについて、国民に説明する責任があります。
まとめ
- 岩屋毅氏は2026年9月28日に王毅氏、29日に何立峰氏と会談したが、具体的な合意は確認できない
- 対話の窓口は駐日大使に任され、「事実上の撤回」案は王毅氏に退けられた
- 帰国後の「原因を作ったのはこちら」という発言は、2026年10月12日の中国外務省の会見で日本への責任追及の場面に使われた
- 外相時代の2024年12月にも訪中し、中国人向けビザの緩和を表明している
- 首相答弁の扱いにまで踏み込んだ提案について、政府の了解の範囲を含め、岩屋氏の説明が必要
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