2026-05-27 コメント: 1件 ▼
岸田元総理がウクライナ訪問の舞台裏を語る 列車10時間・空襲警戒の変則走行
岸田文雄元総理はインタビューで、2023年3月のウクライナ訪問がいかに秘密裏に進められたかを語りました。 岸田氏は「国境を超えてウクライナ国内に入ってしばらくしてから、WBC準決勝のタイミングでニュース速報が流れたはず」と語りました。 列車はウクライナ軍が警備をしていました。
インドから極秘移動、WBC準決勝中継中にニュース速報が流れた
岸田文雄元総理はインタビューで、2023年3月のウクライナ訪問がいかに秘密裏に進められたかを語りました。インドを公式訪問したように見せかけながら、水面下ではそのままポーランドに移動してウクライナへと向かう計画が周到に準備されていたのです。
岸田氏は「国境を超えてウクライナ国内に入ってしばらくしてから、WBC準決勝のタイミングでニュース速報が流れたはず」と語りました。実際、2023年3月21日(日本時間)、侍ジャパンが劇的なサヨナラ勝ちでメキシコを下した準決勝の中継中に、岸田首相のウクライナ電撃訪問の報が日本列島を駆け巡っています。
千々岩記者が「僕らに黙って、インドからチャーター機で向かった」と当時を振り返り「事前に教えてほしかった」と冗談めかすと、岸田氏は「いやいや、それは事前に伝えたらどういうことになるか、混乱は想像を超えるんじゃないかな」と笑いながら答えました。
WBC準決勝でテレビ釘付けになってたら突然ウクライナ訪問のニュース速報。あの時の驚きは今でも忘れない
「空襲を避けて全速力・急停車」ウクライナ軍が列車を警備
ウクライナ入りの手段は列車でした。ポーランド南東部の駅からキーウまで、片道10時間に及ぶ列車移動の実態は想像をはるかに超えるものでした。
岸田氏は「空襲を避けるために全速力で走ったり、急に止まってみたり、迂回して随分遠回りしてみたり。しばらく止まっていたと思ったら、全速力だーっと走り出したり、かなり変則的。想像するに、空襲等への警戒なんでしょう」と戦地ならではの移動の緊迫感を語りました。
全速力で走ったり急に止まったりしながら列車で10時間。それが当時の総理が戦地に行く唯一の手段だったんですね。本当に命がけだ
千々岩記者が「でも、狙われたら防空壕もない」と指摘すると、岸田氏は「でも、各国とも列車で行っているのは同じだから」と冷静に語りました。実際、2023年2月のバイデン米大統領、同年6月のマクロン仏大統領らも同じルートで列車によるキーウ入りを果たしています。
警備体制については「日本側は普段私の周りにいるSPの皆さんでした。列車はウクライナ軍が警備をしていました。キーウに入っても、大統領官邸でゼレンスキー大統領と対談するという日程でしたから、ウクライナ軍が警備してくれていた」と述べました。緊張が続く中での「夜中、寝てました」という言葉が、場の雰囲気を一気に和ませました。
命の保障もない状況で夜中は寝てたって言える岸田さん、肝が据わってる。賛否はあれど、これは本物の勇気だと思う
徹底した情報管理、「各国もウクライナ訪問に気を使った」
今回の訪問が実現するまでには、徹底した情報管理が不可欠でした。岸田氏は「いろいろな情報が飛び交ってどういうことになるのか、もう想像の域を出ないわけですが、やはり日本の総理大臣が戦後初めて戦地に行くということで、その辺の影響とか、それに対してロシアをはじめ各国がどう反応するかわからない」と当時の緊張感を語りました。
「情報管理については各国も随分と気を使いながらウクライナに訪問していたと思います」とも述べており、各国首脳が戦地訪問に際して共通して直面した困難の大きさを示しました。
国会への事前報告も行われませんでした。自由民主党(自民党)と立憲民主党(立民党)が帰国後の国会報告で合意する形をとり、岸田氏は帰国後すぐに参院予算委員会で「G7議長国としてウクライナ侵略への対応を主導する決意を示せた」と報告しています。
G7議長国の責任と「戦後初の戦地」という歴史的決断
訪問を決意した背景について岸田氏は「議長国として、サミットをリードしなきゃいけない。その時の最大のテーマは平和、ウクライナ問題だった。やはり、日本の総理として、議長として、一度訪問しなきゃいけない。そういった思いでした」と語りました。
2023年当時、日本はG7の議長国を務めており、同年5月に広島市でG7サミットを控えていました。G7メンバーの中で岸田氏だけがウクライナを未訪問という状況も、決断を後押ししたとみられます。ロシアによる侵攻開始から丸1年というタイミングでもありました。
現地では、ウクライナとの二国間関係を「特別なグローバル・パートナーシップ」に格上げすることで合意し、ゼレンスキー大統領に広島サミットへのオンライン参加を招請するなど、重要な外交的成果も得ています。
岸田さんへの評価は人それぞれだけど、戦後初めて現役総理が戦地に行ったという事実は歴史に残る。そこだけは認めるべきだと思う
今回の語りは元総理としての立場から当時を振り返ったものですが、現地での緊張感や決断の重みがリアルに伝わる証言として、改めて注目を集めています。
まとめ
- 岸田文雄元総理が2023年3月のウクライナ電撃訪問の舞台裏をインタビューで詳細に語った
- インドからチャーター機でポーランドへ移動し、列車で約10時間かけてキーウ入り
- 空襲を避けるため列車は全速力・急停車・迂回を繰り返す変則的な運行
- 警備は日本側SPとウクライナ軍が担当。列車内「夜中は寝ていた」と明かした
- WBC準決勝の中継中にニュース速報が流れたタイミングを岸田氏自ら確認
- メディアにも事前非公開の徹底した情報管理。「各国も同様だった」と語る
- G7議長国としての責任感と、日本の総理大臣として戦後初めて戦地に赴いた歴史的決断
この投稿の岸田文雄の活動は、28点・活動偏差値48と評価されています。下記GOOD・BADボタンからあなたも評価してください。