2026-04-09 コメント投稿する ▼
東国原英夫が宮崎知事選に正式出馬表明 長男・加藤守氏が陣営入りし初孫誕生も告白
元宮崎県知事で政治評論家の東国原英夫氏(68)が2026年4月9日、宮崎市内で記者会見を開き、来年(2027年)1月の任期満了に伴う次期宮崎県知事選への正式な出馬を表明しました。 東国原氏は加藤氏について「東京生まれの東京育ちで、自分の息子ではありますが優秀な人材だと思います」と高く評価しました。 東国原氏は加藤氏の将来的な政治参画については慎重な姿勢を示しました。
元宮崎県知事で政治評論家の東国原英夫氏(68)が2026年4月9日、宮崎市内で記者会見を開き、来年(2027年)1月の任期満了に伴う次期宮崎県知事選への正式な出馬を表明しました。東国原氏は会見で「宮崎の衰微衰退が止まらない。ここでひとつゲームチェンジャーが必要ではないかと思って」と言葉に力を込め、県政の刷新を強く訴えました。
知事選には、現職の河野俊嗣氏(61)が5選を目指して出馬を表明しており、元県議で新人の右松隆央氏(57)も立候補を表明しています。東国原氏の参戦で、選挙戦は一気に激戦の様相を呈してきました。
長男・加藤守氏が陣営スタッフとして宮崎に「移住」
記者会見では、知事選の陣営スタッフとして長男・加藤守氏が加わっていることも明らかになりました。加藤氏は東国原氏と前妻で女優のかとうかず子氏との間に生まれた長男で、立教大学卒業後、ジョージタウン大学公共政策大学院を修了し帰国。野村総合研究所に入社し、2022年に退社後は同年の宮崎県知事選出馬の際に政策秘書を務めました。
加藤氏は東京で生まれ育ち、立教大学では経営学部国際経営学科で国際経営学を専攻。CSIS(戦略国際問題研究所)での勤務経験も持ち、2022年に宮崎県へ移住。現在は地域活性化の取り組みを進める実業家・コンサルタントとして活動しています。
東国原氏は加藤氏について「東京生まれの東京育ちで、自分の息子ではありますが優秀な人材だと思います」と高く評価しました。なお、会見では加藤氏に男の子が誕生し、東国原氏にとって初孫が生まれたことも告白されました。東国原氏は「若い世代が宮崎に住んで良かったと思えるような宮崎にしたい」と語り、息子や孫が暮らせる地域の未来を切り拓く強い思いを滲ませました。
「後継者」報道には慎重—政治との線引きを明確化
東国原氏は加藤氏の将来的な政治参画については慎重な姿勢を示しました。「今後の政治のことについては話していません」と述べ、現状はあくまでも知事選に向けた陣営スタッフであると強調しました。後継者を念頭に置いたのではないかとの見方にも明確に否定し、目下の焦点はあくまで今回の知事選勝利にあることを力説しました。
東国原氏自身も現在は妻と9歳の男児とともに宮崎市内に暮らしており、加藤氏の加入は地元に根ざした陣営の厚みを増す存在として期待されています。
「東国原さんの息子さんがこんなに立派になってたとは知らなかった。宮崎に腰を据えてくれてるなら頼もしい」
「元知事がまた挑戦か。河野知事で安定してるのに、なぜ今さら?宮崎の有権者はどう判断するんだろう」
「初孫の話まで会見でするのはどうかな。選挙向けのイメージ作りに見えてしまうのは私だけかな」
「ゲームチェンジャーが必要というのは分かる。地方の衰退は本当に深刻で、現状維持では話にならない」
「前回2万3000票差で負けた人が再挑戦。前回より進化した東国原さんを見せてほしい」
東国原氏の経歴と「3度目の正直」—苦い落選を糧に
東国原氏は2007年から4年間、宮崎県知事を務めました。在任中はマンゴーなど県産品のセールスで注目を集め、「どげんかせんといかん」の名フレーズはその年の新語・流行語大賞の年間大賞を受賞しています。1期で退任後、2011年の東京都知事選には落選。2012年の衆議院議員選挙では日本維新の会から比例区で当選しましたが、1年後に離党・辞職しています。
2022年12月の宮崎県知事選に再出馬し、約2万3000票差で現職の河野氏に敗れました。投票率は56.69%と前回を22.79ポイント上回り、東国原氏の出馬が大きな注目を集めたことを示しています。
それでも東国原氏は宮崎への強い思いを胸に、68歳で再び挑戦の場に立ちました。長男という身内を陣営の中核に迎え、初孫の誕生も重なったこの時期に出馬を決意した背景には、家族ごと宮崎の未来に賭ける覚悟があることは間違いありません。今後、政策の具体的な内容や、5選を目指す現職・河野氏との対比がどれだけ有権者に伝わるかが、選挙戦の最大の焦点となります。