衆議院議員 石破茂の活動・発言など - 3ページ目
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活動報告・発言
公約がついているタイトルは公約に関連する活動です。
公約松山千春が政府に要求 北朝鮮拉致問題の早期交渉と停滞打開
松山千春、北朝鮮拉致問題に「心が痛む」と政府へ早期交渉を要請 歌手の松山千春氏(69)は2025年10月12日の生放送で、北朝鮮による日本人拉致問題の停滞を指摘し、政府に早期交渉と解決を求めました。新潟での公演予定に触れ、横田めぐみさんの拉致現場を思い起こすと語り、長年進展しない現状への危機感と、被害者や家族の歩んだ年月の重さを強調しました。 背景と現状:止まった交渉、進む高齢化 松山氏は「総理が何代も代わったのに進んでいない」と述べ、政治日程や政権交代が続いても本質の解決に至っていない現実を指摘しました。政府が公式に認定する拉致被害者は17人で、2002年に5人が帰国しましたが、残る12人の帰還はいまだ実現していません。 認定被害者の多くが失踪時から数十年を経ており、被害者家族の高齢化も避けられない段階に入っています。世論の関心は一定の周期で高まりますが、具体的な交渉の節目が見えにくいまま年月が過ぎ、国民の「停滞感」が固定化しつつあります。 被害者帰国を実現させた2002年と2004年の首脳会談は、日本社会に大きな希望を生みました。しかし、その後は北朝鮮による再調査約束の履行不全や説明の不一致が相次ぎ、検証可能性の不足が信頼を損ねました。政府は総理を本部長とする拉致問題対策本部を置き、外交と制裁と情報収集を総合して対応してきましたが、交渉窓口は長期にわたり細く不安定な状態が続いています。 国内では警察と関係機関が失踪事案の再点検や証言収集、科学鑑定の整備を重ねてきました。政府は「全ての被害者の即時帰国」を掲げますが、北朝鮮側の主張と日本側の検証結果の齟齬が大きく、事実認定の一致に至っていません。拉致問題は核やミサイルとも絡む安全保障上の複合課題であり、日本単独の働きかけが効果を持ちにくい構造的制約が横たわっています。 市民の声:関心の火を消さないために 国民の間では「何も進まない」という失望感と、被害者への共感が同時に広がっています。著名人の発言は世論を喚起し政治を動かす契機になり得る一方、感情論に流されない冷静な政策論も求められます。 > 「松山千春さんの言葉に背中を押された。政府は結果を示してほしい」 > 「被害者も家族も高齢化している。今動かずにいつ動くのか」 > 「外交は難しいのは承知。それでも交渉の窓は開き続けるべきだ」 > 「私たちも学び続けて、風化させない努力をする」 > 「政治の責任と同時に社会の責任でもあると痛感した」 現場を直接知らない世代も増え、事件の記憶は年々薄れがちです。教育や報道の場で事実関係を継続的に学び直し、偏見や憶測を避ける姿勢を共有することが、被害者救出に向けた社会的基盤を支えます。 家族の思いを尊重しつつ、匿名の声だけで議論が過熱しないよう、政府は説明責任を果たし、交渉の目的や手段、想定されるリスクと見返りを丁寧に示す必要があります。国民が状況を正確に理解できれば、長期戦に耐える合意が形成されます。 次の一手と総括:具体策を積み上げる 第一に、対話ルートの複線化です。公式協議に加えて第三国経由のチャンネルや国際機関を活用し、段階的な見返りと厳格な検証をセットにすることで、相手のコミットメントを引き出す仕掛けが要ります。 第二に、調査と検証の透明化です。所在情報、遺骨鑑定、証言の突合せなどの客観的手段を国際基準で整え、結果を時系列で公開して国内外の信頼を獲得します。疑義が生じた場合の再鑑定や第三者検証の受け皿もあらかじめ定めるべきです。 第三に、国際協調の再構築です。核やミサイルを含む広い課題のパッケージの中で拉致問題の優先順位を明確化し、米韓欧や国連機関との役割分担を可視化して、圧力と対話の最適配合を再設計します。合意形成の前段で人道的支援や人的往来の小規模措置を試行し、実務者レベルの信頼を積み上げる道も検討材料です。 第四に、被害者家族支援の強化です。心理的支援や経済的支援の継続に加え、政府の意思決定や交渉状況に関する適時適切な情報提供をルール化し、家族の意見を政策に反映させる常設の対話フォーラムを設けます。第五に、国内の記憶継承です。教材整備や証言のアーカイブ化、科学的検証プロセスの公開を通じて、事実に基づく理解を次世代につなげます。 松山千春氏の「心が痛む」という率直な言葉は、拉致問題が現在進行形の人権課題であることを改めて突き付けました。政府は世論の喚起を追い風に、具体的な交渉工程と検証の方法を示す責任があります。時間の壁は日に日に高くなっています。小さくとも確実な一歩を積み重ね、合意と検証を繰り返す現実的戦略が問われています。
公約奄美沖EEZに中国調査船2隻目 “学術”の仮面と問われる日本の国防意識
奄美沖EEZで中国調査船2隻目 “学術”の仮面を被った主権侵食 鹿児島県・奄美大島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)で、中国の海洋調査船「向陽紅22」に続き「向陽紅03」が活動していることが10月12日、政府関係者への取材で分かりました。9月下旬から同海域を低速で往復しており、「学術調査」を名目にした実質的な主権侵食の動きと見られています。 向陽紅22は9月25日に中国・上海の横沙島を出発し、26日以降、人が歩くほどの時速約4キロ(2ノット)で日中中間線を往復。10月12日までの17日間で少なくとも25回、中間線をまたぎました。 この海域には、中国が開発を進めるガス田「白樺(中国名・春暁)」が存在し、18基の掘削装置(リグ)が設置済み。さらに今年は3基の新設が確認されています。 > 「純粋な学術調査ではない」 > 「監視・通信を目的とした軍民両用行動だ」 > 「リグを足場に実効支配を拡大している」 > 「日本政府の反応を探っている」 > 「このままでは“海の既成事実”が完成する」 軍民融合の“調査船” 奄美沖での異常行動 中国の海洋政策に詳しい九州大学大学院の益尾知佐子教授(国際関係論)は「純粋な学術調査目的でないのは明らかだ」と断言しています。 中国のリグは多機能化され、監視・通信中継・データ収集のほか、軍用機材の支援も可能です。南シナ海で人工島造成の前段階に用いられた手法と酷似しており、奄美沖の動きも「海の静かな侵出」と見るのが自然です。 日中中間線をまたぐ“灰色行動” 日本のEEZは国連海洋法条約に基づき沿岸から200カイリ(約370キロ)を範囲とし、資源・漁業に関する主権的権利を有します。 しかし、東シナ海では両国のEEZが重なり、中間線を境にすべきという日本の主張に対し、中国は「大陸棚の延長」を理由に中間線を認めていません。 この「解釈の隙間」を突く形で、中国はリグを増設し、調査船を常態化させています。航行は合法の範囲を装いながら、事実上の支配圏を広げる手法です。 抗議だけでは国は守れない 日本政府は外交ルートを通じて抗議していますが、調査船の活動は止まりません。海上保安庁が監視を強化しても、中国船はEEZの外縁をなぞるように移動し、国際法の“グレーゾーン”に潜り込みます。 つまり、相手は法の裏をかく術を熟知している。対して日本は「抗議」という外交儀礼にとどまり、実効的な国防措置を取っていないのが現実です。 > 「外交で止められる相手ではない」 > 「領土を守る覚悟を政治が示すべきだ」 > 「防衛出動以前の抑止を整備しなければならない」 > 「海保任せでは“主権防衛”にならない」 > 「国防は軍事ではなく国家の意思だ」 問われるのは“国防の覚悟” 奄美沖で起きているのは、軍事衝突ではなく「実効支配を積み上げる侵出」です。 これに対抗するのは法の条文ではなく、国家としての防衛意識と行動です。日本は、国防を「有事対応」ではなく「平時の責務」として考え直すべき時に来ています。 必要なのは、海上保安庁・自衛隊・外交当局が縦割りを超えて一体的に領域警備を行う仕組みです。中国の行動を“調査”と受け取るのではなく、“国家行動”として認識する政治判断が欠かせません。 奄美沖のEEZで何が行われているかを把握し、即応する。それが国防であり、国を守る意志です。 > 「日本の海を守るのは日本人しかいない」 > 「国防は軍事ではなく国家の姿勢」 > 「一線を越えられてからでは遅い」 > 「外交と防衛を分ける発想をやめるべきだ」 > 「守る覚悟を、国民と政府が共有する時だ」 日本がいま問われているのは、法律でも条文でもなく「守る覚悟」です。奄美沖の静かな侵出は、見過ごせば必ず本土の危機につながる。防衛は軍事の話ではなく、国土を守る意思の問題です。
公約中国調査船が奄美沖EEZで活動再開 抗議だけの日本政府は無力、主権防衛へ実効策を急げ
中国調査船の再侵入が示した現実:抗議は無力、主権防衛の実行策を示せ 鹿児島県・奄美大島沖の日本の排他的経済水域で、中国の海洋調査船が2025年10月11日に活動を再開し、日中中間線をまたいで移動した事実が確認されました。日本側の同意がない海洋調査の疑いが強く、主権的権利の侵害が疑われます。 この船は9月下旬から当該海域で往復を繰り返し、2025年10月6日までに少なくとも22回、再開後は通算24回の越境が確認されています。海上当局は無線で中止を要求しましたが、調査船はワイヤやパイプ状の器材を海中へ延ばす行為を継続したとされます。 国際法の常識と日本の非常識 国連海洋法条約に照らせば、沿岸国の排他的経済水域での海洋の科学的調査は原則として沿岸国の同意を要します。したがって、同意なき調査は明確に問題です。にもかかわらず、日本政府は「遺憾」表明と抗議の繰り返しに終始し、現場の既成事実化を許しています。これでは抑止になりません。 外交辞令だけでは現状は変わらず、相手は政策効果を測るように行動を重ねます。日本の抗議が実効性を欠く限り、相手は“慣らし運転”のように侵入頻度を増やし、主張を既成事実化していくでしょう。 SNSの声:怒りと焦燥 > 「また“遺憾”だけ?主権を口で守れるわけがない」 > 「調査船が中間線を何度またげば本気を出すのか」 > 「現場の海保にだけ負担を押しつける政治は無責任だ」 > 「同意なき海洋調査は即時中止させる仕組みを作れ」 > 「主権侵害にコストを負わせない無策が一番の問題だ」 必要なのは“抗議”ではなく“コスト設計” まず、反復侵入に対する段階的制裁を制度化すべきです。該当船舶と運航主体に対し、入港禁止、国内取引・研究連携の制限、関連企業への調達排除などの経済的コストを可視化します。これにより、越境行為に明確な代償を課すことが可能になります。 次に、常設の統合監視と行動計画が不可欠です。衛星・AIS・音響・航空偵察の統合で航跡を常時把握し、日中中間線の横断回数や投入機材の態様をリアルタイムで国民に開示します。透明化は国内外の同盟・友好国を巻き込む圧力にもなります。 さらに、法整備の抜け穴を塞ぐ作業が急務です。無同意調査の手口に即した国内法の改正で、調査行為の証拠化手順、警告から退去要求、行政処分・民事的損害賠償請求、刑事罰の適用可能性までを一本化します。これにより、海保の無線警告が“慣行”でなく“手続の第一段階”として機能します。 “ドロ船政権”への苦言:実行なき主権論は空疎だ 自民党(自由民主党、以下自民)政権の対外危機対応は、口先の抗議と断片的な運用で済ませる常習が否めません。これでは“ドロ船政権”の名にふさわしい漂流であり、主権の問題を世論鎮静用の談話に矮小化しています。連立相手がこれを追認するなら、「ドロ船連立政権」の責任も免れません。 同時に、スパイ防止法の早期制定や研究協力の輸出管理強化、臨検・押収を想定した法執行の訓練整備など、内外の工作を抑止する骨太の政策が必要です。国益を守る意思を示すのは、声明文ではなく制度と予算です。 資源・安全保障・法秩序を守る“統合パッケージ” 第一に、EEZ内資源の探査・管理・開発の国家計画を前倒しし、国内外パートナーと合意的に実施します。自国の正規の調査・観測網を密に張ること自体が抑止になります。 第二に、同意なき海洋調査の定義と立証手続を国際基準に沿って明確化します。曖昧さが相手の口実になります。証拠化された投入機材、航行パターン、海況データ取得の態様を積み上げ、国際場裏での“法廷闘争”を辞さない構えが要ります。 第三に、同盟・同志国の海洋法実務と連携し、域内での繰り返し行為に対する共同行動基準を作ります。多国間で“越境のコスト”を共有化すれば、単独抗議よりはるかに効きます。 主権は“意思”ではなく“制度と行動”で守る 抗議は意思表明にすぎません。抑止は制度と行動の設計です。日本政府は、無同意調査の再発を前提に、法・予算・同盟の三位一体で“コストの現実”を相手に突きつけるべきです。主権は、強い言葉ではなく、緻密な仕組みと確実な実行でしか守れません。
石破総理80年談話全文
内閣総理大臣所感 戦後 80 年に寄せて はじめに 先の大戦の終結から、80 年が経ちました。 この 80 年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者を始めとする皆様の尊い命と苦難の歴史の上に築かれたものです。 私は、3 月の硫黄島訪問、4 月のフィリピン・カリラヤの比島戦没者の碑訪問、6 月の沖縄全戦没者追悼式出席及びひめゆり平和祈念資料館訪問、8 月の広島、長崎における原爆死没者・犠牲者慰霊式出席、終戦記念日の全国戦没者追悼式出席を通じて、先の大戦の反省と教訓を、改めて深く胸に刻むことを誓いました。 これまで戦後 50 年、60 年、70 年の節目に内閣総理大臣談話が発出されており、歴史認識に関する歴代内閣の立場については、私もこれを引き継いでいます。 過去三度の談話においては、なぜあの戦争を避けることができなかったのかという点にはあまり触れられておりません。戦後 70 年談話においても、日本は「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった」という一節がありますが、それ以上の詳細は論じられておりません。 国内の政治システムは、なぜ歯止めたりえなかったのか。第一次世界大戦を経て、世界が総力戦の時代に入っていた中にあって、開戦前に内閣が設置した「総力戦研究所」や陸軍省が設置したいわゆる「秋丸機関」等の予測によれば、敗戦は必然でした。多くの識者も戦争遂行の困難さを感じていました。 政府及び軍部の首脳陣もそれを認識しながら、どうして戦争を回避するという決断ができないまま、無謀な戦争に突き進み、国内外の多くの無辜の命を犠牲とする結果となってしまったのか。米内光政元総理の「ジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬよう注意願いたい」との指摘もあった中、なぜ、大きな路線の見直しができなかったのか。戦後 80 年の節目に、国民の皆様とともに考えたいと思います。 大日本帝国憲法の問題点 まず、当時の制度上の問題が挙げられます。戦前の日本には、政治と軍事を適切に統合する仕組みがありませんでした。 大日本帝国憲法の下では、軍隊を指揮する権限である統帥権は独立したものとされ、政治と軍事の関係において、常に政治すなわち文民が優位でなくてはならないという「文民統制」の原則が、制度上存在しなかったのです。 内閣総理大臣の権限も限られたものでした。帝国憲法下では、内閣総理大臣を含む各国務大臣は対等な関係とされ、内閣総理大臣は首班とされつつも、内閣を統率するための指揮命令権限は制度上与えられていませんでした。 それでも、日露戦争の頃までは、元老が、外交、軍事、財政を統合する役割を果たしていました。武士として軍事に従事した経歴を持つ元老たちは、軍事をよく理解した上で、これをコントロールすることができました。丸山眞男の言葉を借りれば、「元老・重臣など超憲法的存在の媒介」が、国家意思の一元化において重要な役割を果たしていました。 元老が次第に世を去り、そうした非公式の仕組みが衰えたのちには、大正デモクラシーの下、政党が政治と軍事の統合を試みました。 第一次世界大戦によって世界に大きな変動が起こるなか、日本は国際協調の主要な担い手の一つとなり、国際連盟では常任理事国となりました。1920 年代の政府の政策は、幣原外交に表れたように、帝国主義的膨張は抑制されていました。 1920 年代には、世論は軍に対して厳しく、政党は大規模な軍縮を主張していました。軍人は肩身の狭い思いをし、これに対する反発が、昭和期の軍部の台頭の背景の一つであったとされています。 従来、統帥権は作戦指揮に関わる軍令に限られ、予算や体制整備に関わる軍政については、内閣の一員たる国務大臣の輔弼事項として解釈運用されていました。文民統制の不在という制度上の問題を、元老、次に政党が、いわば運用によってカバーしていたものと考えます。 政府の問題 しかし、次第に統帥権の意味が拡大解釈され、統帥権の独立が、軍の政策全般や予算に対する政府及び議会の関与・統制を排除するための手段として、軍部によって利用されるようになっていきました。 政党内閣の時代、政党の間で、政権獲得のためにスキャンダル暴露合戦が行われ、政党は国民の信頼を失っていきました。 1930 年には、野党・立憲政友会は立憲民政党内閣を揺さぶるため、海軍の一部と手を組み、ロンドン海軍軍縮条約の批准を巡って、統帥権干犯であると主張し、政府を激しく攻撃しました。 政府は、ロンドン海軍軍縮条約をかろうじて批准するに至りました。しかし、1935 年、憲法学者で貴族院議員の美濃部達吉の天皇機関説について、立憲政友会が政府攻撃の材料としてこれを非難し、軍部も巻き込む政治問題に発展しました。ときの岡田啓介内閣は、学説上の問題は、「学者に委ねるより外仕方がない」として本問題から政治的に距離を置こうとしましたが、最終的には軍部の要求に屈して、従来通説的な立場とされていた天皇機関説を否定する国体明徴声明を二度にわたって発出し、美濃部の著作は発禁処分となりました。このようにして、政府は軍部に対する統制を失っていきます。 議会の問題 本来は軍に対する統制を果たすべき議会も、その機能を失っていきます。 その最たる例が、斎藤隆夫衆議院議員の除名問題でした。斎藤議員は 1940 年 2 月 2 日の衆議院本会議において、戦争の泥沼化を批判し、戦争の目的について政府を厳しく追及しました。いわゆる反軍演説です。 陸軍は、演説は陸軍を侮辱するものだとこれに激しく反発し、斎藤議員の辞職を要求、これに多くの議員は同調し、賛成 296 票、反対 7 票の圧倒的多数で斎藤議員は除名されました。これは議会の中で議員としての役割を果たそうとした稀有な例でしたが、当時の議事録は今もその 3 分の 2 が削除されたままとなっています。 議会による軍への統制機能として極めて重要な予算審議においても、当時の議会は軍に対するチェック機能を果たしていたとは全く言い難い状況でした。1937 年以降、臨時軍事費特別会計が設置され、1942 年から 45 年にかけては、軍事費のほぼ全てが特別会計に計上されました。 その特別会計の審議に当たって予算書に内訳は示されず、衆議院・貴族院とも基本的に秘密会で審議が行われ、審議時間も極めて短く、およそ審議という名に値するものではありませんでした。戦況が悪化し、財政がひっ迫する中にあっても、陸軍と海軍は組織の利益と面子をかけ、予算獲得をめぐり激しく争いました。 加えて、大正後期から昭和初期にかけて、15 年間に現役首相 3 人を含む多くの政治家が国粋主義者や青年将校らによって暗殺されていることを忘れてはなりません。暗殺されたのはいずれも国際協調を重視し、政治によって軍を統制しようとした政治家たちでした。 五・一五事件や二・二六事件を含むこれらの事件が、その後、議会や政府関係者を含む文民が軍の政策や予算について自由に議論し行動する環境を大きく阻害したことは言うまでもありません。 メディアの問題 もう一つ、軽視してはならないのはメディアの問題です。 1920 年代、メディアは日本の対外膨張に批判的であり、ジャーナリスト時代の石橋湛山は、植民地を放棄すべきとの論陣を張りました。しかし、満州事変が起こった頃から、メディアの論調は、積極的な戦争支持に変わりました。戦争報道が「売れた」からであり、新聞各紙は大きく発 行部数を伸ばしました。 1929 年の米国の大恐慌を契機として、欧米の経済は大きく傷つき、国内経済保護を理由に高関税政策をとったため、日本の輸出は大きな打撃を受けました。 深刻な不況を背景の一つとして、ナショナリズムが昂揚し、ドイツではナチスが、イタリアではファシスト党が台頭しました。主要国の中でソ連のみが発展しているように見え、思想界においても、自由主義、民主主義、資本主義の時代は終わった、米英の時代は終わったとする論調が広がり、全体主義や国家社会主義を受け入れる土壌が形成されていきました。 こうした状況において、関東軍の一部が満州事変を起こし、わずか 1 年半ほどで日本本土の数倍の土地を占領しました。新聞はこれを大々的に報道し、多くの国民はこれに幻惑され、ナショナリズムは更に高まりました。 日本外交について、吉野作造は満州事変における軍部の動きを批判し、清沢洌は松岡洋右による国際連盟からの脱退を厳しく批判するなど、一部鋭い批判もありましたが、その後、1937 年秋頃から、言論統制の強化により政策への批判は封じられ、戦争を積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになりました。 情報収集・分析の問題 当時、政府を始めとする我が国が、国際情勢を正しく認識できていたかも問い直す必要があります。例えば、ドイツとの間でソ連を対象とする軍事同盟を交渉している中にあって、1939 年 8月、独ソ不可侵条約が締結され、ときの平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」として総辞職します。国際情勢、軍事情勢について、十分な情報を収集できていたのか、得られた情報を正しく分析できていたのか、適切に共有できていたのかという問題がありました。 今日への教訓 戦後の日本において、文民統制は、制度としては整備されています。日本国憲法上、内閣総理大臣その他の国務大臣は文民でなければならないと定められています。また、自衛隊は、自衛隊法上、内閣総理大臣の指揮の下に置かれています。内閣総理大臣が内閣の首長であること、内閣は国会に対して連帯して責任を負うことが日本国憲法に明記され、内閣の統一性が制度上確保されました。 さらに、国家安全保障会議が設置され、外交と安全保障の総合調整が強化されています。情報収集・分析に係る政府の体制も改善されています。これらは時代に応じて、更なる進展が求められます。 政治と軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権の独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくまで制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。 政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります。現在の文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断の努力が必要です。無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持と責任感を持たなければなりません。 自衛隊には、我が国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊の運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的に説明し、意見を述べることが求められます。政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります。組織が割拠、対立し、日本の国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍と海軍とが互いの組織の論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令と軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。 政治は常に国民全体の利益と福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任の所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功の可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。 海軍の永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。 政府が誤った判断をせぬよう、歯止めの役割を果たすのが議会とメディアです。 国会には、憲法によって与えられた権能を行使することを通じて、政府の活動を適切にチェックする役割を果たすことが求められます。政治は一時的な世論に迎合し、人気取り政策に動いて国益を損なうような党利党略と己の保身に走っては決してなりません。 使命感を持ったジャーナリズムを含む健全な言論空間が必要です。先の大戦でも、メディアが世論を煽り、国民を無謀な戦争に誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはなりません。 安倍元総理が尊い命を落とされた事件を含め、暴力による政治の蹂躙、自由な言論を脅かす差別的言辞は決して容認できません。 これら全ての基盤となるのは、歴史に学ぶ姿勢です。過去を直視する勇気と誠実さ、他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来のリベラリズム、健全で強靭な民主主義が何よりも大切です。 ウィンストン・チャーチルが喝破したとおり、民主主義は決して完璧な政治形態ではありません。民主主義はコストと時間を必要とし、ときに過ちを犯すものです。 だからこそ、我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなり ません。 自衛と抑止において実力組織を保持することは極めて重要です。私は抑止論を否定する立場には立ち得ません。現下の安全保障環境の下、それが責任ある安全保障政策を遂行する上での現実です。 同時に、その国において比類ない力を有する実力組織が民主的統制を超えて暴走することがあれば、民主主義は一瞬にして崩壊し得る脆弱なものです。一方、文民たる政治家が判断を誤り、戦争に突き進んでいくことがないわけでもありません。文民統制、適切な政軍関係の必要性と重要性はいくら強調してもし過ぎることはありません。政府、議会、実力組織、メディアすべてがこれを常に認識しなければならないのです。 斎藤隆夫議員は反軍演説において、世界の歴史は戦争の歴史である、正義が勝つのではなく強者が弱者を征服するのが戦争であると論じ、これを無視して聖戦の美名に隠れて国家百年の大計を誤ることがあってはならないとして、リアリズムに基づく政策の重要性を主張し、衆議院から除名されました。 翌年の衆議院防空法委員会において、陸軍省は、空襲の際に市民が避難することは、戦争継続意思の破綻になると述べ、これを否定しました。 どちらも遠い過去の出来事ではありますが、議会の責務の放棄、精神主義の横行や人命・人権軽視の恐ろしさを伝えて余りあるものがあります。歴史に正面から向き合うことなくして、明るい未来は拓けません。歴史に学ぶ重要性は、我が国が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれている今こそ、再認識されなければなりません。 戦争の記憶を持っている人々の数が年々少なくなり、記憶の風化が危ぶまれている今だからこそ、若い世代も含め、国民一人一人が先の大戦や平和のありようについて能動的に考え、将来に生かしていくことで、平和国家としての礎が一層強化されていくものと信じます。 私は、国民の皆様とともに、先の大戦の様々な教訓を踏まえ、二度とあのような惨禍を繰り返すことのないよう、能う限りの努力をしてまいります。 令和7年10月10日 内閣総理大臣 石破 茂
経営・管理資格の悪用問題—中国籍取得者最多、要件緩和の影響とは
「経営・管理」資格の問題点—中国籍の取得者最多、悪用の実態 経営・管理資格の不正利用 16日に施行される法務省の改正省令により、外国人の在留資格「経営・管理」が厳格化されます。この資格は日本に起業し、経営者として活動する外国人に与えられるものですが、過去に悪用される例が多発しています。特に、中国籍の取得者が最多で、ペーパーカンパニーを設立したり、第三者に経営を委ねたりするなど、実態が伴わない企業の存在が指摘されています。 この資格はもともと、日本国内の経済成長を促進するために外国人の起業家を受け入れる目的で創設されましたが、実際には、経営者として働く気がない外国人による移住目的で悪用されてきました。特に中国からの申請者が多く、要件が甘いことが問題視されています。 実態調査と問題事例 今年8月、東京出入国在留管理局は、中国人女性が経営する不動産仲介業の実態調査を行いました。女性は「帳簿も社員名簿もどこにあるかわからない」と答え、会社の売上や経営状況を把握していないことが明らかになりました。実際、女性は1年のほとんどを海外で過ごしており、経営に関してはほとんど関与していなかったという。これは、経営・管理資格の趣旨に反する行為であり、入管側はこのケースを不審と判断しました。 また、出入国在留管理庁が令和5年9月から6年12月にかけて調査した約300件の不審な更新申請のうち、約9割で実体がない企業や経営者が確認されました。 外国と比較して甘い要件 現行の「経営・管理」の資格要件は、資本金500万円以上、または常勤職員2人以上の雇用という非常に緩い基準で、これが他国と比較しても甘いとされています。例えば、韓国では資本金が約3200万円、アメリカでは1500万~3000万円以上が必要です。しかし日本の要件は、制度創設から20年以上変わっておらず、外国人起業家にとって非常に低いハードルとなっていました。 この緩さが悪用を招き、特に経済成長を遂げた中国からの移住希望者が増加しました。令和6年末時点で、「経営・管理」資格の在留者のうち、中国籍は半数以上の2万1740人に上り、続くネパールや韓国の8倍近い人数です。このため、要件が相対的に甘くなっていたことが指摘されています。 日本の起業環境と今後の課題 日本の起業環境は、経済協力開発機構(OECD)の評価で下位に低迷しており、外国人起業家にとって魅力的な国とは言えません。今回の法改正は、外国人による不正な利用を減らすことが期待されますが、過度な厳格化が起業意欲のある外国人を遠ざける可能性もあります。そのため、要件を厳しくする一方で、日本の起業環境を改善し、外国人の再チャレンジを支援する方策も必要です。 改正省令は厳格化の第一歩ですが、今後は入国後の実態調査を進め、足りない部分や過度に厳しい部分があれば再度の改正を検討する必要があると言えるでしょう。
自民政権が中国社会科学院主導の青年研究者派遣を受け入れ:意図と懸念
自民政権が中国社会科学院主導の派遣を受け入れ 自民党政権は、中国共産党中央委員会の指導を受ける中国社会科学院からの招へいを受けて、日本の青年研究者を 2025年10月19日から25日 にかけて中国に派遣することを決めました。中国側の要望を受け入れる形です。 このプログラムには、日本の大学や研究機関に属する若手研究者7名、団長1名、そして事務局2名、計10名が参加します。訪問先は北京と山西省の大同市です。テーマは「デジタル時代の伝統文化」です。中国社会科学院との意見交換、中央・地方政府機関や研究機関の訪問、地方都市の視察などが予定されています。 中国社会科学院は、哲学や社会科学研究を担う最高機関と位置づけられ、党中央の指導を受ける組織です。最近では、習近平総書記が国防教育や国家安全保障の強化を重視する方向性を研究する会議を行ったと報じられています。 この派遣事業自体は、公益財団法人日中友好会館が実施主体とされています。ただし、日本政府側からの正式な説明は現状で十分ではなく、計画の透明性を疑問視する声もあります。 交流目的とリスク、曖昧な境界 海外へ若手研究者を派遣して学術交流を図る試みは、伝統的には文化外交や人脈構築の一手段として行われてきました。今回も同様の名目で進められていると見られます。先例として、日本から中国へ派遣される「青年研究者訪中団」など類似のプログラムが過去にも実施された記録があります。 しかし、相手側機関が政府・党の指導下にあることが明瞭な場合、この「交流」が単なる相互理解を超えた意図を帯びる可能性があります。若手を招く形式が、情報や思想の誘導、統制的な枠組みに組み込まれる道具となるリスクも無視できません。特に、研究者がキャリアを目指す時期だからこそ、立場の脆弱さを突かれる恐れがあります。 交流の名の下に行われる事業には、受け手側の守秘義務、報告制限、発表制限、選定基準の明示などが事前に示されていなければなりません。それがないまま実施すれば、不透明な圧力がかかる余地が残ります。 研究者・大学側の判断と負担 若手研究者や大学にとって、国際経験や人的ネットワークを得る機会は魅力的です。しかし、受け入れの可否を判断する際には、国家安全保障の観点や学術の独立性を重視するべきです。どこまで発言の自由が保障されるのか、帰国後の研究成果への影響、参加者が直面する心理的プレッシャーなども慎重に検討されるべき課題です。 もし報告書や成果発表に制約が課されるような枠組みがあれば、それは「交流」ではなく「管理」に近づきます。大学や研究機関には、こうした派遣計画を精査する責任があります。 政策視点からの課題 この派遣を政府が積極的に進めることで、「中国社会科学院」という明らかに政党の影響下にある学術機関との関係を強める姿勢を国内外に示すことになります。これは日本の学術自由や言論の独立性を揺るがす可能性を含んでいます。 また、こうした“軟交流”を重ねるだけでは、根本的な外交戦略や安全保障政策の欠落を隠してしまう危険があります。人材交流は国益と整合性を持つ枠組みで設計されるべきであって、見せかけの友好演出に終わってはなりません。 さらに、自民党と過去の企業・団体献金との関係性を振り返れば、国家政策が特定勢力の利益を代弁する構造が再燃しないか警戒が必要です。政策決定の背景に透明性がなければ、国民の信頼は揺らぎます。 最終的に、重要なのは政策の中身です。外交・学術交流は確かに価値がありますが、それを支える安全保障観、科学技術政策、法制度の枠組みを国益基準で見直すことが不可欠です。特に日中関係が緊張しやすい状況を前に、交流の目的と手段を明示する覚悟こそが問われています。
「経営・管理」ビザ厳格化へ 資本金3000万円・日本語要件導入で外国人起業に新基準
「経営・管理」ビザ、厳格化へ改正省令を公布 法務省は2025年10月10日、外国人が日本で企業経営を行う際に必要な「経営・管理」ビザの要件を厳格化する改正省令を公布しました。新たな規定は10月16日に施行されます。今回の改正では、資本金を従来の6倍にあたる3000万円以上とするほか、日本語能力や経営経験、常勤職員の雇用を新たに義務づける内容が盛り込まれています。 これまでの基準では、資本金500万円以上であればビザ申請が可能でしたが、今後は3000万円以上が条件となります。また、申請者本人または常勤職員のいずれかに、国際基準で中上級者に相当する日本語能力「B2」以上を求めることが明記されました。 経営経験・雇用義務・日本語能力が要件に 改正省令は、これまで「資本金500万円+事業所確保」を基本要件としていた制度を、より実質的な経営者像へと転換させます。具体的には、3年以上の経営経験または修士(経営・事業関連)相当の学位を求めるほか、1人以上の常勤職員を雇用することを義務化しました。 さらに、新規事業計画については外部の専門家による確認を受けることが必須となり、法人税や社会保険料を適切に支払っていることを証明する書類も提出しなければなりません。自宅を事業所として使うことや、業務全体を第三者に委託する形式は原則として認められません。 > 「資本金3000万円なんて、スタートアップには現実的じゃない」 > 「日本で起業したい外国人を締め出す政策に見える」 > 「形式的な会社を減らすなら仕方ないのかも」 > 「日本語要件を入れるなら、サポート体制も整えるべき」 > 「本気の経営者だけを残すという狙いなら理解できる」 SNS上では賛否が分かれています。厳格化は必要だが、柔軟性を欠くと海外からの人材流入を阻むとの懸念も目立ちます。 既存ビザ保有者には3年間の猶予 現在、すでに「経営・管理」ビザを持つ外国人については、改正施行から3年間は新要件の適用が猶予されます。ただし、更新時には経営状況や新要件への適合見込みなどが審査対象となり、実体のない事業や名目上の在留は認められにくくなるとみられています。 この運用により、形だけの企業設立を通じて在留資格を得ようとする事例を防ぐ狙いがあります。一方で、真剣に日本市場で挑戦する外国人起業家までが排除される懸念もあり、制度運用には慎重さが求められます。 制度改正の背景と政策意図 近年、外国人による小規模起業の増加に伴い、一部では「実体の乏しい企業」が増えていました。これにより、在留資格の不正利用や税金未納などの問題が発生していたと指摘されています。今回の厳格化は、こうした事例を防ぎ、健全な企業経営を行う外国人を選別する目的があるとされます。 ただし、資本金を6倍に引き上げたことについては、「中小規模のビジネスモデルを否定するものではないか」という批判も根強いです。政府関係者の間でも、制度運用の柔軟性をどの程度持たせるかが議論されています。 今後の影響と課題 この改正により、外国人の起業申請は一時的に減少する可能性があります。特に、初期資金を抑えて事業を始めるスタートアップ層にとっては、3000万円という壁は高く感じられるでしょう。 一方で、明確な基準を設けることで、真に事業意欲と実績のある経営者が選ばれる可能性もあります。政府は、今後「スタートアップ支援型ビザ」など別制度を通じて、段階的に起業を支援する仕組みを拡充する見通しです。 制度の厳格化は、単に外国人を制限するものではなく、国益を守るための法整備として位置づけるべきです。日本で事業を営む以上、税金・雇用・言語といった社会的責任を果たすことが求められます。法を順守する起業家を歓迎し、秩序あるビジネス環境を整えることこそ、国際競争力を高める第一歩です。
石破茂首相、戦後80年見解で「軍統制」と「無責任なポピュリズム」批判
石破首相、戦後80年「見解」発表へ 政治が軍を統制する重要性を強調 石破茂首相は、戦後80年の節目にあたり、先の大戦に関して自身の「見解」を10日に記者会見で公表する見通しです。政治が軍を統制すべき原則に焦点を置きながら、歴史認識や戦争責任への直接言及を避ける内容になると複数の関係者が明らかにしました。首相は主戦論が強まった時代への反省を踏まえ、「偏狭なナショナリズム」や「無責任なポピュリズム」に警鐘を鳴らす構えです。 > 「なぜ、あの戦争を止められなかったのか」 > 「軍部統制が確立されなかった政治の構造を検証する」 > 「現行下でも文民統制を強める必要がある」 > 「主戦論の時代には異論が抑えられた」 > 「民主主義には言論の健全さと寛容さが不可欠だ」 政治と軍の関係に重点を置く見解 発表される見解では、戦前に政治が軍部を十分に統制できなかった体制的な問題が中心テーマになります。特に、統帥権(軍の最高指揮権)の拡大解釈が、政府や議会のチェックを弱めてしまった点に言及する見通しです。政治と軍の縦割り構造が、戦争抑止を困難にしたとの反省を含むものとされています。 その上で、現行憲法下における自衛隊と政治との関係にも踏み込みます。首相を最高指揮官とする政治家の役割を強調し、文民統制(シビリアンコントロール)をより確実な制度とすべきとの立場を示す予定です。ただし、憲法第9条との整合性も配慮し、軍隊を正面から容認する言及は回避すると言われています。 主戦論の抑制とポピュリズム批判 見解には、昭和12年以降の日中戦争期に軍部主導で主戦論が押し進められ、異論が封じられた社会風潮への反省が盛り込まれる予定です。衆議院議員・斎藤隆夫氏による15年の帝国議会での「反軍演説」にも触れ、主張を封じようとした時代への警戒を示すとみられます。 また、英国のウィンストン・チャーチルの議会演説から「民主主義は最悪の政治形態だが、ほかと比べればましだ」といった文言を引き合いに出し、民主主義そのものの脆弱性と限界にも言及する見込みです。こうした論点を通じ、首相は「健全な言論空間」「異論を許す風土」の重要性を訴え、「無責任なポピュリズム」や「偏狭なナショナリズム」への警鐘を鳴らす姿勢を明らかにしたい意図があります。 発出を巡る党内反発と総裁選との軋轢 一方で、退陣を控える首相によるこうした見解発出には、自民党内で慎重論が根強くあります。特に、保守派を中心に「新たな談話を出すべきではない」との声が強く、一部からは見送りを求める動きが出ています。総裁選期間中、高市早苗氏は新しい談話を出す必要性に否定的な姿勢を示していました。 こうした党内対立を背景に、今回の見解は「談話」形式ではなく、「メッセージ」形式で出される可能性が指摘されています。閣議決定を経ない形式にすることで、党内の抵抗を回避しつつ発表するという選択肢を首相自身が模索していると伝えられています。 見解が問うものと波及の可能性 この首相見解は、単なる歴史的反省ではなく、現代政治へのメッセージ性を帯びています。「政治と軍の関係」に焦点を当て、思想や主義ではなく制度的チェックの強化を訴えることは、現下の安全保障・国防議論と重なります。また、ポピュリズムへの批判を通じて、短絡的政策や感情的な政治動員への警戒を提示するものとなるでしょう。 ただし、歴史認識や戦争責任への直接的言及を避ける構成は、過去を真正面から問う十分な責任性を欠くとの批判を招く可能性もあります。有識者や近隣諸国からの反応も注目されます。 今回の見解公表は、日本外交・安全保障政策、さらには国内政治の言説空間にも影響を与えかねません。首相が選ぶ言葉の範囲と構成が、彼自身のリーダーシップ評価に大きな影響を与えることになるでしょう。
外免切替制度が10月から厳格化 住所要件と50問90%合格で安全重視へ
外免切替の厳格化が開始 2025年10月1日から、外国で取得した運転免許を日本の免許に切り替える外免切替制度の審査が厳格化されました。背景には、短期滞在者がホテルなどの一時滞在場所で手続きを行えたことや、知識確認が簡易すぎたことへの批判がありました。 今回の見直しで、住所要件と知識・技能の確認が新規取得と同等レベルへ引き上げられました。交通ルールの理解不足による事故懸念が指摘されてきた中で、制度の適正化を図る狙いです。 住所確認は「短期滞在不可」へ 手続きには、実際の居住を裏づける書類が求められます。原則として住民票の写し等がない短期滞在者は申請できません。従来のように、一時滞在施設の所在地を事実上の居住地として扱う運用は認められない運びです。 これにより、短期滞在でのドライバー増加がもたらすリスクを抑え、地域交通の安全性を高める効果が期待されます。法の下の公平性を担保しつつ、生活実態に沿った運転資格の付与へと基準が整いました。 知識・技能の基準は大幅引き上げ 知識確認はイラスト中心の10問から、文章中心の50問へ拡大され、合格基準は70%以上から90%以上に引き上げられました。内容は道路標識、優先関係、夜間・悪天候の注意事項など、基礎に加えて実用面を重視します。 技能確認も、横断歩道の通過場面や合図不履行、右左折方法違反などが厳格に採点されます。場内走行の基本だけでなく、危険予測や歩行者優先の確実な理解が問われる構成です。 > 「観光のついでに切替できる時代ではない」 > 「基準が上がって安心した。通学路が安全になる」 > 「50問・9割合格は妥当。交通は命に関わる」 > 「横断歩道課題は実践的で良いと思う」 今後の焦点――既取得者の再確認を求める声も 一方で、「これまで外免切替で免許を取得した人は本当に大丈夫なのか」という懸念も広がっています。過去の審査が簡易だったため、基本的な交通ルールを十分に理解していないまま運転しているケースもあるとされています。 > 「制度を厳格化するなら、すでに発行された免許も再確認すべきだ」 > 「安全確保のためには、少なくとも知識確認の再試験を導入してほしい」 こうした声を受け、識者からは段階的な再チェック制度の導入を求める提言も出ています。たとえば、過去5年間に外免切替で取得した免許保持者を対象に、交通ルール確認講習やオンライン再確認テストを実施する案などです。 国や自治体が一律に再試験を課すのは難しい面もありますが、一定期間ごとの安全講習や、違反履歴に応じた個別指導などの仕組みを検討することが現実的な方向性といえます。目的は処罰ではなく、「安全知識の再定着」にあります。 厳格化の背景と今後の課題 今回の見直しは「外国人排除」が目的ではなく、交通安全と制度の公平性を守るための措置です。経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太の方針)にも、外免切替の審査厳格化が明記されています。 一方で、在留資格を持つ外国人労働者や留学生が運転できなくなることで、生活や仕事に支障をきたす懸念もあります。したがって、再教育と案内体制の充実を並行して進めることが欠かせません。 運転免許センターや警察庁の窓口には、外国語対応の拡充や事前予約制度の明確化が求められます。審査強化によって一時的に不合格が増えても、再挑戦の機会を保障すれば、結果として交通意識の底上げにつながると期待されています。 厳格化の目的は、事故の未然防止と地域の安心です。制度運用の検証を定期的に行い、実態に即した改善を続けることが、交通安全と受入れの両立につながります。
帰化人の官報公開90日制限が始動 知る権利と政治透明性が揺らぐ
官報電子化と帰化情報の公開制限 2025年4月1日から、官報が電子化され、個人情報に関する公示のうち「プライバシー配慮が必要な記事」については、公開期間を90日間に限定する運用が導入されました。これにより、帰化許可を受けた人の氏名や住所、生年月日などの情報も、90日を過ぎると閲覧できなくなります。 官報の電子化自体は合理化の一環として進められたものですが、帰化許可者の情報まで対象となったことで、国民が帰化の事実を確認できる期間が著しく短縮される事態となりました。これまで数年分の情報を遡って確認できた制度が、わずか3か月で消えてしまうことになります。 知る権利と政治透明性の衝突 この改正により、過去の帰化情報を調べることが困難となり、特に政治家や公的立場にある人物の国籍履歴を国民が検証できなくなる懸念が生じています。国民の「知る権利」が制限され、民主主義の透明性が低下する危険性があります。 すでに市民の間では次のような声が上がっています。 > 「帰化許可者の官報が90日で消えるって…これでは過去の出自を知れないじゃないか」 > 「政治家の帰化経緯を調べようとしたら、もう見られなくなっていた」 > 「自民党は外国人優遇の政策だけは早いね。誰の為の政治やってるの?」 > 「帰化した公人をチェックする術が消える」 > 「知る権利を奪われた気分だ」 こうした反応からも、制度変更が国民の不信を強めていることがうかがえます。政府はこの措置を「プライバシー保護」の観点から正当化していますが、公益性とプライバシーのどちらを優先するべきかという根本的な議論が欠けています。 帰化とは、外国人が日本国籍を取得するという国家的な意思決定に基づく制度です。したがって、その情報には一定の公共性があり、民主主義社会における検証可能性を確保することが求められます。今回のように公的記録の公開が短期間で打ち切られるのは、情報公開の理念に反していると言わざるを得ません。 立候補や選挙における“隠蔽”リスク 特に問題視されているのは、地方選挙との関係です。地方自治体では、住民票を移してからおおむね90日で立候補資格が得られる場合があります。つまり、帰化が許可された直後に別の自治体へ転入し、ちょうど90日後に選挙に立候補すれば、有権者はその候補者が帰化人であることを確認できない可能性があるのです。 この構造は、帰化事実を事実上隠せる制度設計となっており、国民の「知る権利」を形骸化させる危険性があります。政治的立場にある人の出自を確認できなくなることで、将来的に国家の安全保障にも影響を与えるおそれがあります。 また、スパイ防止法が未整備な現状では、外国勢力による政治浸透のリスクが高まるとの指摘もあります。透明性の欠如は、結果的に国益を損なうことになりかねません。 国民にとって必要なのは「情報の隠蔽」ではなく、「制度の整合性と公開性」です。帰化情報の保護が真にプライバシーのためであるならば、同時に公人の公開義務を制度的に保証することも求められます。 制度設計の課題と今後の方向性 電子化後も、官報発行日から90日以内であれば、紙面や電子書面として帰化情報を確認する方法は残されています。しかし、それを過ぎるとウェブ上からは削除され、一般市民が後から調べることはほぼ不可能になります。 また、国立公文書館などに保存されても、プライバシー保護の観点から公開が制限される方針が取られるとみられています。これでは、後年に公的検証を行う研究者や報道機関の調査も難しくなるでしょう。 本来、国家に関わる情報は、一定の期間が過ぎても公共記録として保存され、閲覧請求に応じる形で透明性を担保すべきです。制度設計においては、公益情報と個人情報の線引きを明確にし、帰化制度の公共性を損なわない運用が不可欠です。 今回の帰化情報の90日制限は、プライバシー保護の名を借りた「情報の不可視化」となりかねません。政治の信頼を取り戻すためにも、政府は国民に対して合理的な説明責任を果たす必要があります。
石破茂政権、モンゴルに無償資金協力 高等教育で技術者育成を後押し
自民党政権、モンゴルの高等教育に無償資金協力 石破首相「技術立国の礎を支える支援に」 自民党政権は、モンゴルの高等教育における技術者育成を後押しするため、総額18億6,900万円の無償資金協力を行うことを決めた。モンゴルでは、資源依存型経済から脱却し、技術力で産業を支える国づくりが課題となっている。 10月8日、ウランバートルで日本の駐モンゴル大使とボルド・ジャブフラン財務大臣が交換公文に署名した。今回の協力は「日本型工学系高等教育による技術者育成環境整備計画」と題され、首都の3つの高等専門学校に新たな実習棟を建設し、実習機材を整備する。 >教育こそ未来への最大の投資だ。支援というより、共に成長する関係を築きたい 石破茂首相は会見でそう語り、「技術立国として日本が培ってきた教育の仕組みを共有し、両国の信頼を深めたい」と述べた。 モンゴルの若者が自らの力で国を動かすために モンゴルでは若年層の高学歴化が進む一方、産業界が求める技術者が不足している。専門機器を扱える人材が限られ、企業が海外から技術を輸入せざるを得ない現状がある。日本政府は、こうした構造を改善するため、実践的教育を担う「高専型」教育の導入を支援する。 この仕組みは日本の高等専門学校制度を参考にしたもので、早い段階から実習や設計を重ね、理論と現場の橋渡しを行う教育モデルだ。実際に、実験機器の取り扱いや製図、情報工学などを学んだ学生が産業現場へ送り出されることで、モンゴルの経済基盤を支える力になると期待されている。 >これからは自分たちで工場を動かし、設備を設計できるようになりたい 現地の学生からは、そんな声も聞かれた。日本の支援が、単なる資金援助ではなく、モンゴルの若者が自らの力で未来を築く一歩として受け止められている。 外交の舞台裏にある「価値観外交」 石破政権が掲げる外交方針の柱の一つが、「価値観外交」だ。自由、法の支配、人権といった普遍的価値を共有する国々との連携を重視する。その文脈で今回のモンゴル支援も位置づけられる。 モンゴルは中国とロシアに挟まれた内陸国であり、政治的にも経済的にも両大国の影響を強く受けている。日本が教育や人材育成を通じて関係を深めることは、民主主義的価値を支える「静かな戦略」として意味がある。 >援助は一方的な支えではなく、信頼の積み重ねです。教育分野での協力は、最も誠実な外交だと思います 外務省関係者はこう話す。表立った政治的圧力を避けつつ、人材交流や教育支援を通じて地域の安定を支える姿勢は、石破政権の特徴でもある。 国内の声と説明責任 一方で、国内では「景気が厳しい中で海外に無償援助は妥当か」という疑問の声もある。石破首相は「支援の意義を丁寧に説明していく」としており、成果の見える化にも取り組む構えだ。 今回の協力は、教育現場の改善とともに、日本とモンゴルの人材交流を活発化させることを目指している。実習機材の提供や教員研修を通じて、卒業生が日本企業と協働する仕組みも視野に入る。日本の産業界にも新しい交流のチャンスが生まれる可能性がある。 >数字ではなく、人の成長が外交の成果だ 首相周辺はそう語る。支援の先にあるのは、政治的な得点ではなく、人が育つ現場だという信念がにじむ。教育という“静かな外交”が、二国の未来をつなぐ架け橋になることを期待したい。
公約物価高と倒産増に無策 自民党政権に問われる“運営能力の欠如”
物価高対策ゼロの果てに、倒産激増 2025年度上半期(4~9月)の全国企業倒産件数(負債1,000万円以上)は5,172件となり、前年同期比1.5%増だった。これは2013年度以来12年ぶりの高水準である。倒産増加は4年連続。人手不足と物価高騰が、中小企業の経営を直撃している。 小規模企業の倒産が全体の7割を超え、資本金1,000万円未満、負債1億円未満の企業が中心だった。負債総額は6,927億円で前年同期比49.6%減だが、件数の増加は止まらない。経営基盤の弱い企業が耐えきれず、静かに市場から姿を消している。 > 「物価高が続くのに、政府は何もしてくれない」 > 「中小企業は限界です。人件費も原材料費も上がる一方」 > 「減税よりも早く支援金を出してほしい」 > 「選挙の時だけ“中小企業を守る”と言って終わり」 > 「この政権には現場の声が届いていない」 これらは事業者や一般市民の声だ。現場から見えるのは、支援の遅れと現実との乖離である。 選挙後も続く政策空白 衆院選と参院選が終わってから長い時間が経過したが、政府の物価高対策はほとんど形を成していない。補助金制度は複雑で遅く、エネルギー支援も縮小傾向だ。中小企業の経営者からは「選挙が終われば国は何もしてくれない」という不信が高まっている。 家計の負担も深刻だ。電気代、ガソリン、食品価格が軒並み上昇し、実質賃金は伸び悩む。企業の倒産増加と個人の購買力低下が同時に進行しており、国内経済は悪循環に陥りつつある。 自民党政権に問われる運営能力 自民党は「経験と安定」を掲げて政権を維持してきたが、現実には政策決定の遅さが際立つ。党内調整や連立政権維持を優先し、国民生活への迅速な対応が後回しになっている。公明党との政策摩擦も続き、連立の継続そのものが「ドロ船連立政権」と揶揄される事態だ。 選挙後の政治空白が長引く中、国民が望むのは言葉ではなく行動である。高市早苗総裁の就任によって刷新の期待が高まったが、依然として減税や支援策は実現していない。政治が動かなければ、倒産増加の流れは止まらない。 経済政策の再設計が急務 今求められているのは、人気取りの給付金ではなく、構造的な支援の再設計だ。企業の資金繰り支援、雇用の維持、エネルギーコスト緩和など、具体的かつ即効性のある政策が必要である。 同時に、企業献金に依存した政治構造の見直しも避けてはならない。政治が特定業界に偏る限り、真に国民のための政策は生まれない。減税優先、インボイス廃止、スパイ防止法制定といった高市政権の掲げる政策が、現実の成果として示されるかどうかが問われている。 国民が選ぶ次の責任 倒産件数の増加は、単なる経済統計ではなく、政治への信頼度を測る指標である。物価高を放置し、支援を怠った結果が今の数字に現れている。自民党が政権運営能力を失っているとすれば、その責任は政権だけでなく、選んだ国民にも及ぶ。 次の選挙で国民が問うべきは、「誰が権力を持つか」ではなく、「誰がこの国を守るか」である。政治の怠慢を許せば、倒産の列島化はさらに進む。
自民党政権、モンゴル幼稚園改修に146,755USD(約2,201万円)無償支援
自民党政権、モンゴル幼稚園改修に146,755USD(約2,201万円)無償協力 自民党政権は、モンゴル国ドルノド県ヘルレン郡第9番幼稚園の施設改修に対し、146,755USD(約2,201万円)の無償資金協力を行うと発表した。日本国大使とドルノド県知事は2025年10月2日、県庁で贈与契約書に署名を交わした。 改修内容と目的 この支援では、園舎の暖房配管、上下水道配管、配電盤・分電盤や電線といった電気系統の改修を実施する。加えて、トイレ22基及び洗面台42台の交換・設置を含む衛生設備の整備も行われる。これにより、園児が安全で衛生的な学習環境で過ごせるようになることを目指している。 日本の大使は、改修によってドルノド県の未来を担う子どもたちがより良い環境で学べるよう期待を示した。県知事も、郡民や教職員を代表して、日本との協力関係を一層深めていく意向を述べた。 > 「海外の子どもたちを支援するのは立派だけど、まず日本の保育園も直してほしい」 > 「日本の税金が使われる以上、ちゃんと成果を確認してほしい」 > 「援助が善意だけで終わらず、日本の国益につながる形にしてほしい」 > 「こういう支援で日本の存在感が上がるなら意味があると思う」 > 「でも選挙前になると、海外支援が増えるのは少し気になる」 草の根無償協力の意義と課題 この無償協力は、草の根・人間の安全保障無償資金協力の枠組みに基づく。こうした支援は、地域の基盤整備や生活改善を重視する日本外交の柱の一つとされている。 しかし、金額規模としては限定的であるため、現場の事業遂行能力や維持管理、資材調達の透明性確保が不可欠となる。理念としては有意義でも、実効性と持続性が確保されなければ支援の価値は薄れる。 また、無償支援は返済義務を伴わないが、支援先の行政運営力や予算体制との整合性が問われる。地域住民の理解と関与を得ることも、成果を確実なものにする鍵である。 モンゴルにおける教育支援の背景 モンゴルでは、地方部や牧畜地帯を中心に教育施設の老朽化や不足が深刻である。特に就学前教育の分野では、施設や教材、教員の質に格差が存在する。こうした状況を改善するため、各国の支援や国際機関が改修・整備を進めてきた。 日本もこれまで、教育施設や給水インフラ整備を支援してきた実績がある。ドルノド地域では、過去に学校や診療所の改修、教材支援などが実施され、教育アクセスの改善に寄与した。今回の幼稚園改修は、その流れを継ぐものである。 外交的視点:支援とポピュリズム外交のはざま このような支援は、表向きは人道的な国際協力であるが、外交戦略としての側面も持つ。自民党政権は、開発支援を通じて「友好国ネットワーク」を拡大する一方で、国際舞台での存在感を確保する意図をにじませている。 しかし、こうした小規模支援が政治的アピールや一時的評価を狙う「ポピュリズム外交」に転じる危険もある。支援対象や金額が象徴的であるほど、実態よりも“見せ方”が優先されがちだからだ。公共資金を用いる以上、支援の選定過程や効果検証の透明性が求められる。 今後の課題と展望 この幼稚園改修が地域の教育発展に真に貢献するためには、工事後の維持管理体制や地域住民の参画を確実にする必要がある。また、他の教育施設支援と連携し、モンゴル全体の教育環境改善政策の一部として位置付けることが望ましい。 自民党政権がこの改修支援を通じて示すのは、単なる「援助の顔」ではなく、国際協力政策の実効性と説明責任をいかに両立できるかという試金石でもある。
日本、カンボジアに444億円規模円借款支援 水道・電力インフラ拡張へ
ニロート上水道拡張で給水逼迫に対応 日本政府は2025年10月8日、カンボジア王国プノンペンにおいて、上水道施設拡張と送配電網拡張を支援するため、総額 444.37億円 を限度額とする2件の円借款を供与することで合意した。 1件目は「ニロート上水道拡張計画(第一期)」で、供与限度額は 215.26億円。この事業では、プノンペン市内で水の需要と供給のギャップが深刻な地域を対象に、浄水施設や配水網を拡充することで、安定的な給水体制を整えることを目指す。住民の生活環境の改善と、商業・経済活動を支えるインフラ強化が主な目的となる。 プノンペン市の水道インフラはかねてから、漏水や不正使用を含む“非収益配水”が高率で、給水時間帯が限定される地域もあった。近年、運営改善により給水率向上や非収益水率低下が進んでいるものの、都市拡大や人口増加に伴う需要増には対応しきれていない。そのため今回の拡張は、中長期の都市成長を見据えた戦略的投資と位置付けられる。 送配電網整備で電力供給の信頼性向上 2件目は「プノンペン首都圏送配電網拡張整備計画(フェーズ3)(第一期)」で、供与限度額は 229.11億円。こちらは、電力需要が急速に拡大しているプノンペン首都圏で、変電設備や送電・配電線網を整備・拡張し、電力供給の信頼性を強化することを狙いとする。加えて、再生可能エネルギー導入を促す系統整備も視野に入れており、環境と経済発展の両立を意識した事業となる。 過去にも同様の支援が行われており、フェーズ2事業では92.16億円の円借款が供与されていた。さらに2024年には変電所・送配電網拡張に向け、約79.88億円を上限とする円借款契約も実行されており、今回の支援は段階的整備の延長線上にある。 借款条件と外交的意義 両事業の借款条件は共通で、金利は変動(TORF+0.4%。ただしコンサルティング・サービス部分は年0.65%)、償還期間は30年(据置10年含む)、調達条件はアンタイド(日本企業に限定されない)とされている。 こうした条件設計は、相手国の裁量性を尊重しつつ、競争性を確保させる構造であると読み取れる。 外交・経済の観点から見れば、これらの支援は日本が東南アジアでの存在感を強める戦略の一部と考えられる。インフラ支援を通じた関係深化は、単なる援助ではなく戦略投資としての性格を帯びる。しかし、円借款は将来的な返済義務を伴うため、カンボジア側の運営能力・収益性確保が不可欠であり、リスク管理と事業の持続可能性が問われる。 また、こうしたインフラ事業には、企業・団体献金の影響や政治的利害が介入する可能性も否定できない。公共資金を巡る利権構造が形成されないよう、透明性と説明責任を確保すべきだ。 最近では、中国がカンボジア向けの貸付を引き締める動きも見られる。中国は2024年初から新規融資を停止しており、日本や世界銀行がその穴を埋める形が目立つようになっている。こうした変化は、援助外交の勢力図を揺るがす可能性を孕む。 これらを踏まえると、日本の対外支援は”質の高いインフラ援助”を前面に出す一方で、ポピュリズム外交の批判的視点をも意識すべきだ。過度に受け手国の人気取り政策に走る支援は、長期的な国益や持続性を損なうリスクをはらんでいる。 今後、両プロジェクトの詳細な実施スケジュール、設計・建設体制、監督・維持管理体制の構築が注目される。住民生活の改善と経済発展の双方を支えるインフラとして、実効性と持続性を兼ね備えた支援が成否を分けることになる。
公約ヤフコメで噴出する怒り 自民党幹部の裏金問題と説明責任放棄への不信
裏金問題再燃 「説明責任」求める声がヤフコメで拡大 自民党幹部による裏金問題をめぐって、Yahoo!ニュースのコメント欄では国民の怒りと不信の声が渦巻いています。関与が指摘された議員が再び要職に復帰する動きを見せる中で、「なぜ説明も責任も取らないまま戻れるのか」との疑問が広がっています。 特に批判が集中しているのは、「政治とカネ」に対する説明不足です。裏金問題を追及する国会での質疑が形式的に終わった後も、議員本人が記者会見や公の場で明確な説明を行わず、幕引きを図るような姿勢を見せていることに、国民の苛立ちは強まっています。 > 「裏金問題について、国会でしっかり説明してほしいと感じます。」 > 「説明も責任も取らずに復帰するのは納得できません。」 > 「議員には高い倫理観と説明責任が必要だと思います。」 > 「“忘れた”や“秘書のせい”で済むなら政治は腐ります。」 > 「同じことが企業で起きたら責任者は即辞任です。政治だけ特別扱いはおかしい。」 こうしたコメントは、単なる一時的な批判ではなく、政治倫理そのものへの根本的な疑念の表れです。国民の間では、「説明責任」が形骸化しているとの危機感が広がっています。 説明なき復帰が突きつける“政治の劣化” 裏金問題の渦中にあった議員が、党内の幹部職に復帰するという報道が流れると、ネット上では「再発防止どころか責任回避」との声が相次ぎました。政治資金パーティーの収入未記載や還流をめぐる不正疑惑が続く中で、十分な検証も説明もないまま「人事刷新」として復帰させる行為は、政治倫理を軽視していると受け止められています。 自民党内では、党改革本部が政治資金の透明化に取り組む方針を掲げていますが、肝心の「説明責任」は依然として後回しです。国民が求めているのは制度改正だけでなく、「誰が、なぜ、どう使ったのか」を本人が明確に語ることです。 特に、企業・団体献金が政治判断に影響を与える構造が長年続いていることが問題視されています。企業の利益を優先する政治が続けば、「国民のための政治」は失われるという懸念が根強くあります。 政治倫理への信頼失墜と国民の視線 国民の不信がここまで高まったのは、裏金問題が決して初めてではないからです。過去にも政治資金規正法違反や収支報告書の虚偽記載が繰り返されてきました。そのたびに「再発防止」「透明性の確保」と言葉だけが踊り、実質的な改革は進みませんでした。 今回も、「説明は済んだ」「捜査も終わった」として再登板する議員がいる一方、当事者意識の欠如を嘆く声が多く見られます。特に若年層のコメントには、「政治に期待できない」「正直者が損をする社会」というあきらめが混じっています。 > 「結局、裏金を作ってもバレなければ勝ち。そんな政治はもう終わりにしてほしい。」 > 「信頼を取り戻す唯一の道は“自分の口で説明すること”だと思う。」 これらの声は、単なる批判を超えた社会的警鐘です。説明責任を怠れば、政治家だけでなく政党全体の信用が失墜し、民主主義そのものの根幹を揺るがしかねません。 国民の求める“誠実さ”こそ再出発の条件 政権与党としての自民党は、裏金問題に対する説明の遅れが国民の政治離れを招いている現実を直視する必要があります。説明を避け、幕引きを急ぐ姿勢は「ドロ船政権」と揶揄されても仕方がありません。 国民が求めているのは謝罪でも再発防止策でもなく、「真実を語る姿勢」そのものです。事実を伏せたまま復帰しても、信頼は戻りません。政治家は、一般市民以上の倫理観を持つべき立場であり、それを示す行動が欠けている限り、支持率の回復も期待できないでしょう。 今回のヤフコメでの議論は、単なる批判の場ではなく、政治家に対する“国民の最後通告”でもあります。説明責任の放棄は、政治の死を意味します。真摯な説明と透明な行動こそが、信頼再生の第一歩です。
公約8月実質賃金1.4%減で浮かぶ疑問 自民党の物価対策遅さと政権運営力
8月の実質賃金1.4%減 名目増でも家計は疲弊 厚生労働省が公表した8月の毎月勤労統計によれば、労働者の実質賃金(物価水準を勘案した後の賃金)は前年比で1.4%減少し、8カ月連続マイナスとなりました。これは、物価上昇のペースが賃金の上昇を上回っていることを如実に示しています。 一方で、基本給・残業代などを含む現金給与総額は平均30万517円で、前年同月比1.5%のプラスとなり、44カ月連続の増加を維持しました。名目上は賃金が上昇しているように見えても、物価を差し引くと生活実感は下がっているという矛盾が浮き彫りです。 7月については速報段階でプラスと報じられていましたが、その後の確報値では0.2%の減少に修正されました。統計の変動は政策評価にも影を落とします。 厚労省は、「6月・7月にはボーナスなど特別給が寄与したが、それが8月には薄れ、賃金上昇余力が縮んだ」「物価高が持続している」ことを今回の実質賃金低下の要因と説明しています。 自民党の物価対策と賃上げ政策の遅れは痛恨 こうした賃金実態を背景に、政府・与党である自民党の物価高対策と賃金上昇政策の遅さは、批判の矢面に立たざるを得ません。国民の生活実感が追いつかないなか、政治が「名目数字」にばかり固執してきた責任は重いと言わざるを得ません。 自民党は参院選公約で「物価高騰から国民の暮らしを守る」「物価に負けない持続的な賃上げ」を打ち出しました。だが、その具体策や実行力は乏しいとの指摘が強まっています。党の政調サイトにも「物価高騰から国民を守り、成長戦略を通じて賃金を伸ばす」という表現はあるものの、実際の政策展開とのギャップが広がっています。 実際、物価対策としての給付金・減税政策が「生煮え」とされる評価も出ています。参院選後、物価高対策をめぐる政策対応が後手に回ったとの報道も続き、国民の不満が燻り続けています。 賃金の面でも、政府・与党が強力な賃上げ誘導策を打ち出すには至っていません。補助金制度や税制措置、企業支援を結びつけた大胆な賃金押上げ政策が、いまだに芯を欠く印象があります。こうした“待ち”の姿勢こそが、政権運営能力への疑念を呼び起こすのです。 名目賃金上昇の“見せかけ”と生活実感の乖離 名目賃金が上昇しても、実質賃金が低下している構図には構造的問題が潜んでいます。生活必需品の価格上昇、エネルギー・食料価格の急騰などは、家計を直撃します。こうした物価圧力が、賃金上昇をかき消してしまっているのです。 また、賃金上昇が限定的な職種・企業規模にとどまる点も問題です。大企業や正社員中心の業界で賃金が上がっても、非正規雇用者や中小企業従業員には恩恵が届きにくい構造があります。労働時間調整や残業削減も、実収入を抑制する要因となります。 このような実態を踏まえれば、「名目賃金プラス」をもって政策の成功を語ることは、かりそめの誤魔化しにほかなりません。国民にとって重要なのは、物価を超える実質的な賃金上昇であり、それが見えなければ不満と信頼失墜が積み重なります。 政権運営能力への疑義と国民の視線 この現状を前に、政権与党としての対応力・実行力に対する疑念が広がります。物価高・インフレ圧力に対して打つ手が後手に見える政権では、有権者の期待に応えきれません。政策の先送り、言葉の重複、概念的な表現の濫用…こうした姿勢こそが「統治力の欠如」を印象づけます。 また、与党が物価高政策や賃金政策を国民の目線で語るよりも、数字やスローガンを先行させる姿勢を取れば、有権者は“政治を生活の視点で見ていない”と感じます。政権運営とは、数字だけでなく、現場の痛みを読み取り、手を打つことにこそ本質があるはずです。 金子洋一氏ら減税派・賃上げ派の政治家の発信にも、それらへの期待が表れています。名目上の数字ではなく、国民実感に即した政策変換を迫る動きが、党内にじわりと広がっているようです。 今後、実際に物価を抑制し、実質賃金を上昇させる政策が示されなければ、この政権の信頼は揺らぎ続けるでしょう。政治は、言葉よりも、汗で応えるものです。
公約石破茂首相「賃上げは誰の政権でも」発言に実効性なし “お願い政治”の限界露呈
石破首相「賃上げは誰の政権でも」発言に実効性はあるか 石破茂首相が7日、東京都内で開かれた連合(日本労働組合総連合会)の定期大会に出席し、「誰のどのような政権になろうとも賃上げを実現していかなければならない」と訴えました。 表向きには労使協調を呼びかける前向きな発言ですが、実際のところ首相自身が明確な政策の枠組みを提示したわけではありません。企業や労組に「協力をお願いする」姿勢にとどまり、政治主導での具体的手段が見えない点には疑問の声が上がっています。 「お願い政治」に終始 賃上げの中身は示されず 石破氏はあいさつで「中間層が薄くなれば社会は不安定になる」「社会の安定のため立場を超えて連帯していきたい」と述べました。理念としては理解できる言葉ですが、政策の具体像が欠けていることが問題視されています。 政府関係者の一人は「賃上げは誰の政権でも必要という言い方は、一見立派だが、責任の所在をぼかしている」と指摘します。総理大臣としてのリーダーシップよりも、調整型の政治姿勢が透けて見えるという批判です。 > 「結局“お願い”だけでは賃金は上がらない」 > 「企業に協力を求めるだけなら、過去の岸田政権と変わらない」 > 「賃上げが必要なのは誰でも分かっている。問題はどうやるかだ」 > 「政治の決断を避けた“安全運転の演説”だ」 > 「中間層を語るなら、減税や取引適正化に踏み込むべきだ」 SNS上でもこうした批判が目立ち、「理念だけの政治」「相変わらずの“お願いベース”」と冷ややかな反応が広がりました。特に若い労働者層からは「結局、企業が動かない限り何も変わらない」という現実的な声が多く寄せられています。 実績なき“賃上げ姿勢”への不信 石破首相はこれまでも「中間層重視」「地方経済の底上げ」を掲げてきましたが、就任後の政策を見る限り、賃金上昇を直接後押しする仕組みはまだ整っていません。中小企業の取引適正化、税制優遇、公共部門での賃上げなど、いずれも検討段階にとどまっています。 官邸関係者によると、「石破首相は慎重な性格で、財政出動や減税など“大胆な一手”を避ける傾向がある」とのことです。これが、企業に対して“お願い”という形でしか賃上げを語れない理由だといわれています。 実際、労働組合関係者の間でも「首相が来てくれたのは評価するが、あれでは“姿勢表明”にすぎない」という失望感が漂っています。連合の幹部も、「言葉は立派だが、企業が行動を起こす根拠が何も示されていない」と語っています。 「中間層」より「政権の安定」か 首相があえて「誰の政権でも賃上げは必要」と語ったのは、政権の正当性を超えた“国民的課題”としてアピールしたかったためとみられます。 ただし、裏を返せば「自らの政権で成果を出す」という覚悟が薄いとも受け取れます。政治評論家の一人は「“誰の政権でも”という言葉には責任逃れの響きがある。国民はもう理念ではなく結果を求めている」と批判します。 石破氏は政策決定の場でも「合意形成を重視する」と繰り返しており、その慎重さが裏目に出ているとの見方も出ています。大胆な減税や最低賃金引き上げへの踏み込みを避け、経済界との関係維持を優先している点が、政権の限界を象徴しているようです。 政治の覚悟が問われる“次の一手” 石破首相が連合大会に出席したこと自体は、労働組合との信頼回復という意味で一歩前進です。しかし、発言が象徴的に終われば「耳障りの良いメッセージ」でしかありません。 今後、政府が本気で賃上げを実現するには、企業の“自主的努力”に頼らない制度改革が不可欠です。取引構造の見直しや下請け法の運用強化、社会保険料負担の軽減など、政治の力で変えられる分野は多くあります。 石破政権がその方向へ踏み出せるかどうかが、今回の発言の真価を決めるでしょう。もしも“お願い”の域を出ないなら、賃上げを掲げたこの発言もまた、歴代政権と同じく「響きは良くても、何も変わらなかった言葉」として記憶されることになりかねません。
公約物価高政策が進まない自民党政権 8月の消費支出増でも暮らしに回復実感なし
8月の消費支出2・3%増 物価高対応は置き去り、自民党の政策力に疑問 総務省が7日に発表した2025年8月の家計調査によると、1世帯(2人以上)当たりの消費支出は31万3977円となり、実質で前年同月比2.3%増となった。プラスは4カ月連続だが、物価上昇の影響を考慮すれば「生活が楽になった」と実感できる家庭は少ない。政府は「回復の兆し」と説明するが、実際には物価高対策が進まず、家計の逼迫感はむしろ強まっている。 支出増の裏に潜む“やむを得ない消費” 支出が増えた主な要因は、自動車購入と電気代の上昇だった。自動車は前年の認証不正による供給制限からの反動で増え、電気代は酷暑による冷房需要の高まりが背景にある。娯楽や旅行も回復傾向にあるが、生活支出の構造は依然として「節約と必要消費」の組み合わせにとどまる。 > 「給料は上がらないのに電気代とガソリン代だけ上がる」 > 「夏の冷房を我慢できず、請求書を見てため息が出た」 > 「値下がりしても一時的、安心感がない」 > 「外食も控えたが、食費は減らない」 > 「数字の回復より、暮らしの実感を見てほしい」 こうした声に共通するのは、“支出が増えても生活の質は上がっていない”という現実だ。 食料支出は3カ月連続減少 家計調査では、食料支出が1.2%減少し3カ月連続のマイナスとなった。総務省は「昨年の買いだめの反動」と説明するが、物価上昇で食品価格が高止まりする中、節約志向の継続は明らかだ。スーパーでは「まとめ買い」「特売狙い」が定着し、家計が防衛モードを脱していない。 この傾向は、政府の物価高対策が成果を上げていない証左でもある。燃料や電気料金の補助策は打ち切りが相次ぎ、物価の実質負担は再び増大している。 政権の「経済音痴」が露呈 政府・与党は、経済成長と賃上げの好循環を掲げてきたが、現実は逆行している。実質賃金は16カ月連続でマイナス、家計の可処分所得も減少傾向が続く。 それでも自民党政権は、減税よりも給付金を優先する“場当たり政策”に終始しており、抜本的な構造対策を講じていない。短期的な人気取り政策を繰り返す姿勢は、まさに「ポピュリズム経済運営」と言える。 中でも問題なのは、国民の購買力を引き上げる明確な方向性が欠けていることだ。賃上げの実効性を高めるには法人税改革や中小企業支援の強化が必要だが、与党内では議論すら深まっていない。 政権運営能力に根本的な疑問 物価高対策を掲げながら、実際にはエネルギー価格の高止まりや食品高騰に有効な手立てを示せない現状は、自民党の政権運営能力の限界を示している。 特に生活支援策の遅れは地方ほど深刻で、地方自治体が独自に支援金や割引制度を設けてしのいでいるのが実態だ。 経済の構造的な課題を後回しにして、支持率維持のための小規模施策を繰り返す——。この政治手法が続く限り、「物価高に勝てる家計」は一部の高所得層に限られる。 日本経済が本当に立ち直るためには、国民全体の可処分所得を高める減税政策と、生活実感に基づく経済再設計が必要だ。数字上の成長率よりも、「暮らしが持続できるか」という根本的な問いに政府が答える時期が来ている。
ガボン支援2億円の裏側 日本外交は人道か、それともポピュリズムか
人道かポピュリズム外交か ガボン支援2億円の真意 日本政府は、中央アフリカのガボン共和国に対して2億円の無償資金協力を実施し、医療体制の整備を支援する。感染症対策という人道的目的が強調される一方で、外交戦略上の“ポピュリズム化”を指摘する声もある。 支援の概要と目的 今回の協力は、ガボンの州立病院などに血液検査機器を導入し、マラリアなど感染症の迅速な診断を可能にするものだ。10月4日、リーブルビルで駐ガボン日本国特命全権大使とミシェル・レジ・オナンガ・ンディアイ外務・協力大臣が書簡を交換し、正式に合意した。供与額は2億円にのぼる。 外務省は、「感染症対策と地域医療格差の是正を通じ、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを支援する」と説明する。背景には、アフリカ開発会議(TICAD9)で掲げた公約を実際の支援へと落とし込む意図がある。 > 「医療体制の支援は当然だが、政治的メッセージとしての側面もある」 > 「“見える援助”を急ぐのは、内政向けの外交パフォーマンスにも映る」 > 「人道を前面に出しつつ、国際的立ち位置を示す戦略だ」 > 「支援が善意でも、選挙区向けアピールに使われる懸念はある」 > 「ODAの再ブランディングが“人気取り外交”にならないように」 こうした識者の見解は、近年の外交が“成果の見せ方”に依存する傾向を反映している。 人道支援と政治の境界 今回の支援は、マラリア対策という緊急性の高い課題に応えるものだ。だが、外交行動の文脈では、政府が国際舞台で「責任ある貢献国家」を強調する一方、国内では「日本が世界に貢献している」とアピールする構図も見える。 政権にとってこうした事業は、対外的イメージの向上だけでなく、内政上の求心力維持にもつながる。とりわけ、景気低迷や物価上昇といった国内課題が続くなかで、外交成果を可視化することは有権者へのメッセージとして機能する。 つまり、ガボン支援は“人道支援”と“政治的演出”の両義性を帯びている。支援そのものは正当でも、その語られ方が政権の支持率回復と結びつくと、純粋な国際協力とは別の評価軸が生まれる。 ポピュリズム外交のリスク 近年、国際政治の世界では「ポピュリズム外交」という概念が注目されている。国内人気を狙って外向けに「分かりやすい支援」や「映える成果」を発信するやり方だ。政治的メッセージの強調が、長期的な外交ビジョンを曖昧にする危険もある。 日本の場合、ODA政策が再び注目を集める一方で、「支援先の選定が戦略的か、感情的か」という議論が浮上している。ガボン支援も、地政学的・感染症対策的に合理性があるが、その説明の仕方によっては“人気取り”と受け止められる可能性がある。 外交政策においては、成果の可視化と透明性の両立が鍵を握る。どれだけ善意の支援でも、政治的演出に偏れば、長期的な信頼を損ねかねない。 支援外交の成熟に向けて ガボン支援の本質は、人道支援と外交戦略の交差点にある。日本政府がアフリカ諸国との関係を深めること自体は重要だが、その手法が“ポピュリズム外交”に陥らないためには、政策目的を明確に説明し、成果を客観的に検証する仕組みが不可欠だ。 支援の成果を映像や式典で示すことは容易だが、真に問われるのは「何を残したか」である。ガボンの医療現場に、検査機器とともに継続的な運用支援や人材育成が根付くかどうか——そこに、日本外交の成熟度が試される。
日本、マレーシアに無償でUAVと救難艇供与 4億円支援で安全保障協力強化
無償供与で深まる日本・マレーシア安全保障協力 日本政府は、マレーシアに対し、警戒監視用無人航空機(UAV)と救難艇を無償で供与し、合わせて4億円規模の資金協力を行った。これは新設された政府安全保障能力強化支援(OSA)制度によるもので、域内の安全保障環境変化を背景に、両国関係の戦略的深化を印象付ける動きだ。 OSA制度と今回の供与 政府安全保障能力強化支援(OSA)は、安全保障戦略に基づき、同志国の軍事・防衛・治安能力の補強を目的として資機材供与やインフラ整備を無償で行う枠組みで、2023年に創設された。マレーシアはその最初の受供与先の一つと位置づけられており、2023年12月16日に同国向け警戒監視用機材供与が4億円規模で実施されることが決定された。今回の供与はその計画の具現化とみなされている。 9月22日には国防省でUAVの供与式が行われ、10月1日にはマレーシアのジュグラ空軍基地において救難艇7隻の供与式が挙行された。これらには日本政府側から駐マレーシア大使が出席し、公式に機材移転の儀礼がなされた。供与されたUAVは日本製とされており、救難艇とのセットで構成された支援となる。 供与規模と意義 供与されたUAVの数は14機と伝えられており、供与総額は日本円で4億円相当と報じられている。このうち無人機は陸・海両領域での監視用途に適用される見込みで、救難艇は沿岸域での捜索救難活動などに活用されるとみられる。 この支援は、マレーシアが地理的にマラッカ海峡と南シナ海南部という重要海域に接しており、海上交通路(シーレーン)監視を担う国として、日本にとっても地域安全保障と海洋安定確保の観点から戦略的意味合いが強い。現地政府もこれを「日本製防衛装備の受け入れ合意に基づく支援パッケージの一環」と位置づけている。 地政学的背景と意図 東南アジアにおける海洋安全保障は、近年、中国等の航行圧力や領有権主張の激化という潮流にさらされている。マレーシアにおける監視能力強化支援は、単なる装備移転にとどまらず、地域の抑止力構築とネットワーク構成の一部になろうとしている。その意味では、日本がインド太平洋地域におけるルール秩序維持の担い手として責任を形にする側面とも整合する。 また、従来の経済協力重視から安全保障協力への転換を象徴する案件でもある。政府は、援助型外交の枠を安全保障分野にまで拡張させる意図をこのOSA制度に込めており、マレーシア供与はその旗艦事例になる可能性がある。 課題と見通し ただし、装備を供与したからといって即座に運用効果が現れるわけではない。現地の人材育成、整備体制、運用ノウハウ、連携構造の構築が不可欠となる。特に無人機運用には通信リンクや地上管制、データ処理能力といった周辺体制が鍵を握るため、日本側として継続的支援が求められる。 また、供与が地域他国へどのような波及をもたらすかにも注目が集まる。支援を受けた国とそうでない国との能力差が際立てば、軍備不均衡論や対応圧力の強化といった反発も生じ得る。日本がどのように透明性を保ちつつ、地域関係を調整していくかが今後の課題だ。 今後は、これら機材がマレーシア国内でどのような運用体制に組み込まれ、周辺国との安全保障協調や共同監視体制構築に発展するかを注視すべきだ。援助を通じた関係深化は、地域秩序や対外外交政策の文脈と密接に結びつくからだ。
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石破茂
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