2026-01-22 コメント投稿する ▼
熊谷俊人が消費税減税を批判「財政規律崩壊」発言に庶民の疑問
しかし、この発言は「消費税減税をしなければ庶民の生活が良くなるのか」という根本的な問いに、正面から答えたものとは言えません。 しかし、消費税減税を否定するなら、本来は「減税をしなくても、別の手段で生活は確実に良くなる」という具体策を示す必要があります。 しかし、有権者が知りたいのは、「減税をしなければ、庶民の生活はどう良くなるのか」という一点です。
熊谷俊人知事の「財政規律」発言が示す論点
2026年1月22日、千葉県知事 熊谷俊人氏は記者会見で、衆院選の公約として自民党や新党「中道改革連合」が掲げる食料品の消費税ゼロについて、「財源の裏付けがほとんどなく、財政規律が崩壊しているのを象徴する」と苦言を呈しました。
熊谷氏は、減税競争そのものは政治的に理解できるとしながらも、金利上昇や円安、インフレを加速させる恐れがあると指摘し、財政運営への警鐘を鳴らしました。
しかし、この発言は「消費税減税をしなければ庶民の生活が良くなるのか」という根本的な問いに、正面から答えたものとは言えません。物価高に直面する家計の現実と、財政規律論との距離が、ここで露呈しています。
消費税減税は本当に無意味なのか
食料品の消費税は、所得の多寡に関係なく同じ税率が課されるため、低所得層ほど負担感が重くなります。物価高が長期化する中で、日々の食費にかかる税を下げることは、即効性のある負担軽減策であるのは事実です。
熊谷氏の発言は、減税による家計の可処分所得の改善効果にはほとんど触れず、「財源がない」「規律が崩れる」という側面に議論を集中させています。
しかし、消費税減税を否定するなら、本来は「減税をしなくても、別の手段で生活は確実に良くなる」という具体策を示す必要があります。支援策が不透明なまま規律論だけを強調すれば、庶民には「我慢を求められている」と映ります。
財政規律は重要ですが、それ自体が目的化すると、誰の生活を守るための政治なのかが見えなくなります。
地方行政トップの視点と国政の現実
熊谷氏は地方自治体の長として、国の財政悪化が将来の地方財政に影響する立場にあります。金利上昇や円安が進めば、自治体運営にも負担が及ぶという懸念は現実的です。
一方で、国政選挙で問われているのは、今この瞬間の生活がどう守られるのかという点です。エネルギー価格や食料価格が上がり続ける中で、「将来の財政」を理由に現状の負担を放置することが、政治として妥当なのかが問われています。
熊谷氏はまた、高市早苗首相による衆院解散について「納得できる説明はなかった」と述べましたが、ここでも問題提起にとどまり、代替となる政治判断の基準は示されていません。
批判をする以上、国民生活と財政の両立をどう設計するのかを、もう一段踏み込んで語る責任があります。
減税を否定するなら、何で生活は良くなるのか
消費税減税に対して「財政規律の崩壊」と切り捨てるのは簡単です。しかし、有権者が知りたいのは、「減税をしなければ、庶民の生活はどう良くなるのか」という一点です。
給付金は一時的で、貯蓄に回る割合も高く、生活の安定にはつながりにくいと指摘されています。だからこそ、参院選や地方選挙を通じて、減税を求める声が広がってきました。
減税を否定する立場に立つなら、社会保険料の引き下げ、エネルギー価格対策、賃金を押し上げる具体策など、減税に代わる恒常的な負担軽減策を示す必要があります。
それを示さずに「財政がもたない」と言うだけでは、有権者に対して誠実とは言えません。
「財政の話ばかりで、生活の話がない」
「減税しないなら、何で楽になるの?」
「将来より今が限界なんだけど」
「知事の言葉は上から目線に聞こえる」
「庶民感覚とズレている気がする」
規律論だけでは信頼は得られない
財政規律は政治にとって重要な柱ですが、それは国民生活を犠牲にしてまで守るものではありません。本来は、生活を守りながら規律をどう回復するかを議論するべきです。
熊谷氏の発言は、制度の持続性を意識したものではありますが、物価高に苦しむ庶民の切実さへの想像力が不足していると言わざるを得ません。
消費税減税を批判するのであれば、「減税をしなくても生活は確実に良くなる」という道筋を、数字と期限を伴って示す必要があります。
それができない限り、財政規律論は机上の正論にとどまり、有権者の共感を得ることは難しいでしょう。
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