2026-07-18 コメント投稿する ▼
子どものマイナンバーカード更新、親の「本人確認2点」で窓口撃沈。音喜多氏が行政手続きの負担に警鐘
政治家としての経験を持つ音喜多駿氏が、子どものマイナンバーカード更新手続きで直面した自身の体験をブログで明かし、行政手続きにおける「セキュリティと利便性のバランス」や、国民が抱える負担の重さについて警鐘を鳴らしています。 具体的には、音喜多氏が子どものマイナンバーカード更新のために役所へ出向いた際、「本人以外が受け取る場合は、親であっても本人確認書類が2種類必要」と告げられたのです。
音喜多氏、マイナンバーカード更新手続きで直面した壁
音喜多氏は、自身のブログで「子どものマイナンバーカード更新、親が受け取れずに窓口で敗北
雑談
」と題した記事を投稿しました。そこには、休日の貴重な時間を割いて、予約までして役所の窓口を訪れたものの、目的を達成できなかったという、ややユーモラスながらも切実な体験がつづられています。具体的には、音喜多氏が子どものマイナンバーカード更新のために役所へ出向いた際、「本人以外が受け取る場合は、親であっても本人確認書類が2種類必要」と告げられたのです。マイナンバーカード自体は本人確認書類となり得ますが、それ一枚だけでは不十分であり、運転免許証や健康保険証といった別の公的な証明書も併せて提示する必要があったとのこと。この予期せぬ要求に、音喜多氏は「このセキュリティ、過剰じゃないか」との思いを抱きつつも、自身の準備不足を認め、「次回は持ち物をちゃんと読んでから行きます。スイマセン」と、率直に反省の弁も述べています。
この出来事により、せっかく時間を確保して出向いたにもかかわらず、手ぶらで帰ることになってしまった音喜多氏。「もちろん悪いのは持ち物の案内をきちんと読まなかった私です。そこは全面的に謝ります。ごめんなさい。」と、自身の非を認めつつも、この経験から、行政手続きのあり方について考えさせられたと述べています。
「本人確認書類2点」の厳格さ、親子関係でも例外なし
音喜多氏が疑問を呈しているのは、この「本人確認書類2点」というルールの厳格さです。記事によれば、子どもが平日に一人で役所へ行くことは現実的ではなく、必然的に親が代理で受け取ることになります。その際に、親自身の身元を証明する書類が2種類も必要とされることに、音喜多氏は納得がいかない様子です。
制度の趣旨は理解できるとしながらも、音喜多氏はその「理屈自体は否定しません」と前置きしています。他人が本人のカードを勝手に受け取ったり、なりすましに悪用されたりすることを防ぐための措置であることは理解できる、というのです。しかし、親子関係については、住民票などで客観的に確認できるはずです。さらに、手続きの窓口が同じ役所内であるという事実も考慮すれば、親子がマイナンバーカードを受け取る際に、親自身の顔写真付き身分証明書と、もう一つ別の身分証明書という合計2種類を要求されることには、どこか「ちぐはぐ」さを感じると指摘しています。
デジタル化によって行政手続きの負担を減らすことが目的であるならば、その手続きの入り口で、従来型の紙の身分証を複数提示するという運用は、目指すべき方向性と乖離しているのではないか、という問題提起です。
「一つひとつは正しい」手続きの積み重ねが招く負担
音喜多氏の体験は、単なる個人の「うっかり」や役所の「杓子定規」な対応にとどまらず、現代の行政手続きが抱える、より構造的な問題を示唆しています。それは、「一つひとつは正しいけれど、積み重なると重い」手続きの負担です。
マイナンバーカードの受け取りに関する「本人確認書類2点」のルールも、個々の条文や規則を厳密に解釈すれば、不正利用防止のために「正しい」とされるものかもしれません。しかし、それが親が子どものカードを受け取るという、ごく一般的で頻繁に発生しうる状況に適用された場合、多くの国民にとって大きな負担となり得ます。
音喜多氏は、こうした手続きの厳格さが、どれほどの国民にとって「壁」となっているのか、その実態が可視化されていないことを問題視しています。「窓口で断られた人がどれだけいて、そのうち何人が再訪をあきらめたのか。そういうデータはおそらく誰も持っていません。」と指摘。手続きを厳格にすることによる「セキュリティ」の向上は数字として現れやすい一方で、それによって失われてしまう「利便性」や、国民が本来受けられるはずのサービスを受けられなくなる「機会損失」は、なかなか数字になりにくい、という現状を浮き彫りにしました。
セキュリティと利便性のバランス、行政デジタル化への提言
今回の体験を通して、音喜多氏が強く訴えているのは、「セキュリティと利便性のバランスをどう取るか」という点です。この問いに対する「答えは一つではありません」としながらも、「少なくとも『厳しくしておけば安心』で思考停止してはいけない領域」だと警鐘を鳴らしています。
行政のデジタル化、特にマイナンバーカードを活用した各種手続きの簡素化・効率化は、国民生活の利便性を向上させる大きな可能性を秘めています。しかし、その過程で、今回のような「確認不足」や「例外対応」の難しさが露呈することも少なくありません。本来、デジタル化は手続きの負担を軽減するための手段であるはずです。それが、かえって国民を煩雑な手続きで戸惑わせたり、利用を諦めさせたりすることにつながっては本末転倒です。
音喜多氏は、自身の確認不足を改めて認めつつも、自身の体験が、行政が国民に寄り添ったサービスを提供していく上で、現場の感覚を共有し、制度設計を見直すきっかけとなることを期待しているかのようです。国民一人ひとりの「肌感覚」を理解し、セキュリティを確保しつつも、より利用しやすい行政サービスへと改善していくことの重要性を、今回のエピソードは示唆していると言えるでしょう。
今回の出来事から考えられること
- 音喜多氏が、子どものマイナンバーカード更新のため役所を訪れた際、親である自身が「本人確認書類2点」を提示しないとカードを受け取れなかった。
- 親子関係が確認できる場合でも、厳格な本人確認が求められる現状に、音喜多氏は行政手続きの「ちぐはぐさ」と負担の大きさを指摘した。
- 手続きの厳格さがもたらす利便性の低下や、国民がサービス利用を諦めるケースの実態が可視化されていない点を問題視している。
- 行政サービスにおいては、「厳しくしておけば安心」という思考停止に陥らず、セキュリティと利便性のバランスを追求していく必要があると提言している。