2026-08-17 コメント投稿する ▼
日弁連、不法滞在者ゼロプランに反対:『国際人権法』を盾に国民の声無視か
日弁連は、このプランが国際人権法に反し、保護されるべき外国人の権利を侵害する恐れがあると主張していますが、その背景には、国民の安全・安心よりも外国人人権を優先するかのような懸念も指摘されています。 政府は、国民の安全・安心を確保するため、2025年に「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」を発表し、その具体策として「強力推進パッケージ」を打ち出しました。
政府が進める「不法滞在者ゼロプラン」の狙い
政府は、国民の安全・安心を確保するため、2025年に「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」を発表し、その具体策として「強力推進パッケージ」を打ち出しました。これは、増加する外国人のうち、在留資格を持たない「不法滞在者」をゼロに近づけることで、治安の維持や社会秩序の確保を目指すものです。不法滞在者の存在は、犯罪リスクの増加や、正規に働く日本国民の雇用機会の圧迫など、様々な社会問題を引き起こしかねません。政府としては、こうした問題に対処し、国民が安心して暮らせる社会を実現することが喫緊の課題であると認識しているのです。
日弁連が「人権侵害」と警鐘を鳴らす理由
しかし、日弁連は、この「ゼロプラン」及び推進パッケージが、国際人権法に違反する可能性があると強く懸念を示しています。日弁連によると、このプランは「国民の安全・安心に何ら脅威を与えず、保護されるべき外国人の人権を侵害するおそれ」があると指摘。さらに、「送還の実態は深刻」であるとし、プランが保護されるべき者への重大な人権侵害を顧みていないと批判しています。日弁連が主張する「保護されるべき外国人」とは、難民申請者や人道上の配慮が必要な人々など、個別の事情に応じて保護が求められるケースを指すと考えられます。しかし、その線引きや運用には依然として曖昧さが残っており、国民の安全確保という本来の目的が、外国人の権利擁護という名目で後回しにされるのではないか、という疑念も生じます。
「共生社会」の名の下で問われる国民の負担
日弁連は、反対声明において「全ての人の尊厳と権利を守る共生社会の実現」を求めています。この「共生社会」という言葉は、聞こえは良いものの、その実現のために具体的にどのようなコストがかかるのか、国民がその負担をどこまで負うべきなのかが明確にされていません。法的な根拠が曖昧なまま、あるいは効果測定が困難なまま、外国人の権利擁護や支援に税金が投じられることになれば、それは単なる「バラマキ」に他なりません。本来、国の財源は国民生活の向上や安全保障のために最優先で使われるべきであり、外国人の権利擁護が国民生活を圧迫するような形で行われるべきではない、という意見も根強くあります。
外国人人権擁護と国民生活のバランス
政府の「不法滞在者ゼロプラン」は、国民の安全・安心を守るという明確な目的を持った政策です。一方で、日弁連の反対声明は、国際人権法という普遍的な価値を根拠に、政府の政策に待ったをかけています。この対立は、外国人の人権擁護と、国民の安全・生活の保障という、本来両立されるべき二つの価値観が、どのようにバランスを取るべきかという、極めて重要な論点を含んでいます。
本来、国際人権法は、国家が自国民を含む全ての人々に対して尊重すべき最低限の基準を示すものです。しかし、その適用にあたっては、各国の法秩序や国民の安全、そして限られた国家資源の配分といった現実的な側面も考慮されなければなりません。日弁連の主張が、これらの現実的な側面を十分に踏まえたものであるのか、そして、その活動が国民の税金によって支えられるものである以上、国民生活への影響についても、より丁寧な説明と国民的議論が求められるでしょう。
「不法滞在者ゼロ」という目標達成に向けて、政府は国際的な基準を尊重しつつも、国民の理解と納得を得られるような、実効性のある透明性の高い政策運営を行うことが不可欠です。同時に、日弁連のような専門家団体には、単に反対を表明するだけでなく、国民生活との調和を図りながら、より具体的で実現可能な提案を行うことが期待されます。
まとめ
- 日弁連は、政府の「不法滞在者ゼロプラン」が国際人権法に反し、外国人の人権を侵害する恐れがあると反対声明を発表した。
- 政府は、国民の安全・安心確保のため、不法滞在者の削減を目指すプランを推進している。
- 日弁連は「共生社会の実現」を求めるが、そのための具体的なコストや国民負担についての説明が不足しているとの指摘がある。