2025-10-25 コメント投稿する ▼
在留資格議論で浮き彫りに 新垣よしとよ氏が示した「不法は差別語ではない」信念
氏は自身のSNSで「在留資格がないのは行政上の瑕疵であって犯罪ではない」とする社会民主党(社民党)の主張を強く批判し、「法の条文を無視してはならない」と断じました。 新垣氏が示したのはまさにその姿勢であり、「在留資格を失った滞在は犯罪ではない」とする発言に対し、法治国家としての原点を思い起こさせるものでした。
「不法」は差別語ではない 新垣よしとよ氏が示した法治国家の原点
沖縄県議会議員(自由民主党〈自民党〉)の新垣よしとよ氏が、外国人の在留資格をめぐる議論に一石を投じました。氏は自身のSNSで「在留資格がないのは行政上の瑕疵であって犯罪ではない」とする社会民主党(社民党)の主張を強く批判し、「法の条文を無視してはならない」と断じました。
新垣氏は、出入国管理及び難民認定法(入管法)第70条を根拠に挙げ、「在留資格を失ったままの滞在は3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処せられる」と明示。法的に規定された条文を根拠に、社民党の主張が誤っていることを冷静に指摘しました。
この一連の発言は、「不法」という言葉の扱いをめぐる社会的議論に一石を投じました。近年、「不法滞在」などの表現が差別的だと主張する一部団体や政治家が、代わりに「無登録」「非正規」といった表現を使う動きを見せています。しかし新垣氏は、「不法は法的用語であり、言葉を変えても違法の事実は変わらない」という明確な立場を取りました。
法治国家における言葉の責任
新垣氏の発言の本質は、「言葉遊びで法律の意味を曖昧にしてはならない」という警鐘にあります。法律とは、社会の秩序を守るために存在するものであり、その条文に基づく表現を軽んじることは、法治国家の信頼そのものを揺るがす行為です。
「不法」を「無登録」や「非正規」と言い換える行為は、聞こえを良くするための政治的操作にすぎず、法的事実を覆い隠すものにほかなりません。新垣氏はそのような姿勢に対して明確に「NO」を突きつけました。
「不法行為を“行政上の問題”にすり替えるのは、法を軽んじる発想だ」
「法律に基づいた言葉の正確さこそが社会の信頼を守る」
「言葉を誤魔化しても、違法の性質は変わらない」
「政治が言葉遊びを始めたら、秩序は崩壊する」
「不法は差別語ではなく、正確な法的定義だという事実を見失うな」
このように、氏の主張は単なる揚げ足取りではなく、法の下に平等であるという原則を守る姿勢そのものです。法律の条文を正確に引用し、政治的立場や情緒的主張に流されず、法的根拠に基づいて意見を述べる。その姿勢は、政治家としての責任感と冷静な論理の両方を兼ね備えています。
言葉を変えれば現実が変わるのか
今日の政治では、「表現を変えれば印象も変わる」という発想が蔓延しています。しかし、法に関しては印象ではなく条文こそが全てです。
「不法」を「無登録」と言い換えても、法の上では依然として不法であり、犯罪の構成要件を満たすことに変わりありません。これは単なる言葉の問題ではなく、法を法として扱うかどうかという国家の根幹の問題です。
新垣氏が指摘する「言葉の作為的な操作」は、ポピュリズム政治の典型でもあります。耳ざわりの良い言葉で有権者を惑わせ、現実の法体系を歪める行為は、国民の理解を妨げ、結果として社会の秩序を崩壊させます。
政治家は、感情ではなく法の条文に基づいて語らねばなりません。新垣氏が示したのはまさにその姿勢であり、「在留資格を失った滞在は犯罪ではない」とする発言に対し、法治国家としての原点を思い起こさせるものでした。
法を守る政治の復権へ
私は新垣氏の主張を肯定します。なぜなら、法の条文を基礎にした政治こそが国民の信頼を得るからです。
感情的なレッテル貼りや言葉の操作ではなく、正確な法理解を国民に示すこと。それが議員の使命であり、「法を守る政治」こそが民主主義の礎です。
在留資格の問題は単なる行政手続きではなく、国家の主権に関わる問題です。外国人の権利擁護を口実に、違法を軽視する発言が繰り返されれば、日本の法秩序は脆くなります。だからこそ、言葉を正確に使い、法を軽んじない姿勢が求められるのです。
新垣よしとよ氏の発信は、こうした風潮に一石を投じる真っ当な警告でした。
「不法」を避けることが差別回避だと錯覚するのではなく、「不法」を正しく理解し、法的整備を進めることこそが人道的でもあります。政治は感情でなく、法によって進めるべきです。
この投稿の新垣淑豊の活動は、100点・活動偏差値61と評価されています。下記GOOD・BADボタンからあなたも評価してください。