2026-02-22 コメント投稿する ▼
竹島の日式典に高市早苗首相も閣僚も不在総裁選公約と異なる対応に地元失望
2026年2月22日、島根県松江市で第21回竹島の日記念式典が開催されましたが、高市早苗首相や閣僚の出席は実現しませんでした。 政府主催の北方領土の日との扱いの違いに、地元からは失望といらだちの声が上がっています。 2026年2月22日、島根県松江市の島根県民会館で第21回竹島の日記念式典が開催されました。
2026年2月22日、島根県松江市の島根県民会館で第21回竹島の日記念式典が開催されました。韓国による不法占拠が続く竹島の早期返還を訴えるこの式典には、国会議員15人や隠岐関係者ら約420人が出席しましたが、主催する県などが招待状を送った高市早苗首相や閣僚の姿はありませんでした。
政府からは14年連続で内閣府の古川直季政務官のみが派遣されました。島根県が条例で竹島の日を制定してから21年が経過しましたが、国による主体的な問題解決に向けた動きはなく、一向に進展しない状況に関係者からはいらだちや落胆の声が上がりました。
地元町長が語った期待と失望
隠岐の島町の池田高世偉町長は式典のあいさつの冒頭で、「堂々と大臣が出席すればいいと高市早苗総理が発言されたとき、一筋の光が見えたように思った」と述べました。高市早苗首相は2025年の自民党総裁選で、竹島の日式典について「堂々と大臣が出ていったらいい」「顔色をうかがう必要はない」と閣僚の派遣を主張していました。
しかし池田町長は続けて、「残念ながら閣僚派遣が見送られたのは、政府判断で外交に配慮されたのだろうが、その時期は早期に訪れると期待している」と口を結びました。地元が抱いた期待と、実際の対応との落差を象徴する発言でした。
「総裁選での発言を信じていたのに裏切られた」
「結局韓国の顔色をうかがうのか」
「地方の声なんて聞く気ないんだろう」
「北方領土とこんなに扱いが違うなんて」
「政府は本気で竹島を取り戻す気があるのか」
式典では、例年と同じ政務官の派遣にとどまったことに対する落胆の空気が会場を包みました。地元関係者の多くは、高市首相の総裁選での発言を受けて今回こそは変化があると期待していただけに、失望は一層深いものとなりました。
北方領土の日との扱いの違い
竹島問題の解決が進まない背景には、政府の姿勢があります。北方領土に関しては、政府は1981年の閣議了解で2月7日を北方領土の日と定めました。毎年東京で開催される北方領土返還要求全国大会には、内閣総理大臣や外務大臣など関係閣僚が出席し、政府が主催または共催する形で積極的に関与しています。
2026年2月7日の北方領土返還要求全国大会でも、高市早苗首相は出席して挨拶を行いました。しかし同じ領土問題である竹島の日式典には、首相はおろか閣僚の出席もありません。この扱いの違いに、地元の不満は募る一方です。
竹島の日は島根県が2005年に条例で制定したもので、政府主催ではありません。第2次安倍晋三政権は2013年2月、閣議決定の答弁書で竹島の日を政府制定にすることを検討するとしました。しかし2026年現在まで13年以上が経過しても何ら状況は変わっていません。
2013年2月22日の第8回式典で、島尻安伊子内閣府政務官が初めて政府関係者として出席しました。以降、毎年政務官が派遣されていますが、副大臣や閣僚の出席は一度も実現していません。政府は日韓関係への配慮を理由に、閣僚派遣を見送り続けています。
知事が訴える政府の責任
島根県の丸山達也知事は式典で、「領土問題は国家間の問題で、政府レベルの話し合いが不可欠だ」と外交交渉による解決を訴えました。知事はまた、竹島の日の閣議決定や政府主催の式典開催を要求してきたとし、「政府の取り組みが速やかに実行されるよう引き続き強く求める」と強調しました。
県としては、そもそも式典は政府がやるべきだという立場です。領土問題という国家主権に関わる重大な課題を、一地方自治体が主催する形で続けることに限界を感じているのです。しかし政府は、韓国の反発を避けるため、県主催という形を維持し、政務官派遣という最低限の関与にとどめています。
竹島は1905年1月28日の閣議決定で島根県に編入されました。しかし1952年1月、韓国の李承晩大統領が国際法に反して李承晩ラインを一方的に設定し、竹島をその内側に取り込みました。1954年6月には韓国が沿岸警備隊の駐留部隊を竹島に派遣し、以降現在まで警備隊員を常駐させて不法占拠を続けています。
日本政府は韓国に対して累次にわたり抗議を行い、1954年9月には国際司法裁判所への付託を提案しましたが、韓国は拒否しました。竹島問題は戦後70年以上にわたり解決の糸口が見えないまま膠着状態が続いています。
政府の消極姿勢が続く理由
政府が閣僚派遣に消極的な理由は、日韓関係への配慮です。韓国は竹島の日の制定自体に激しく反発しており、政府主催や閣僚出席となれば、さらなる関係悪化を招くと判断しています。2005年の条例制定時には、韓国で激しい抗議運動が起こり、日の丸が燃やされる事態となりました。
しかし地元関係者からすれば、自国の領土を取り戻すために韓国の顔色をうかがう必要があるのかという疑問があります。高市首相が総裁選で主張したように、「堂々と大臣が出席すればいい」という考え方に期待を寄せていました。
高市首相は2025年10月4日に自民党総裁に就任し、同月21日に日本初の女性首相となりました。その高市首相が就任後初めて迎えた竹島の日でしたが、総裁選での発言とは異なり、従来の政府方針を踏襲する結果となりました。政権運営の現実と総裁選での主張との間に乖離が生じた形です。
島根県は21回目の式典を迎えても、政府の本格的な関与を引き出すことができませんでした。条例制定から21年、毎年式典を開催し、問題解決を訴え続けてきましたが、国の姿勢は変わっていません。地元の落胆といらだちは、単なる感情論ではなく、日本の主権に関わる問題が放置され続けていることへの危機感の表れなのです。