2025-06-16 コメント投稿する ▼
岩渕友議員が訴える「原発事故の国の責任」 最高裁包囲で語った司法と政治の再生
「原発ゼロを実現するために共に立つ」岩渕友氏が訴えた本気の覚悟
「この国にもう一度、正義を取り戻しましょう」――梅雨空の下、東京・最高裁判所前に集まった約1150人の参加者を前に、日本共産党の岩渕友参議院議員は、まっすぐ前を見据えてそう語った。
6月16日、福島第一原発事故をめぐって「国の責任」を否定した最高裁判決(2022年6月)に抗議し、事故被害者や市民、支援者らが最高裁を取り囲む「ヒューマンチェーン」に参加。国と東京電力の責任を正しく問うことができなかった司法への怒りと失望に対し、岩渕氏は「最高裁の誤りは、決して被災者の責任ではない。国の責任を認めさせ、原発ゼロの日本を実現する。そのために私もたたかう」と決意を述べた。
「岩渕さんの言葉には嘘がない。こういう人が、政治の場にもっと必要だと思う」
「忘れない」ではなく「変える」――被害者とともに立つ政治家として
岩渕議員は、2011年の東日本大震災と原発事故直後から被災地に足を運び、被害者の声に耳を傾け続けてきた一人だ。国会でも一貫して「原発事故は人災であり、国と東電の責任は明確だ」と主張してきた。今回の行動にも、支援者としてではなく、「被害を共に受けた日本社会の当事者」として参加した姿があった。
最高裁の判決では、過去に複数の高等裁判所が認めていた国の賠償責任が否定された。さらに今年3月には、業務上過失致死傷で強制起訴されていた東電元幹部2人に対して、最高裁が無罪を言い渡したことで、司法の「逃げ姿勢」への不満が爆発している。
岩渕氏はこの流れを「被害者にとっての“二重の苦しみ”だ」と指摘。「原発事故で家も土地も健康も奪われた人々に、今度は“責任の所在は不明”という判決で追い打ちをかけるなんて、これが法治国家のやることか」と憤った。
「国の責任がないというなら、誰がこの被害を背負えっていうのか。岩渕さんの怒りは当然」
“原発最大限活用”という逆行政策と闘う覚悟
岸田政権が推し進める「原発の最大限活用」方針に対し、岩渕氏は真っ向から異を唱える。「事故の検証も不十分なまま、“安全”を言い訳に原発を再稼働しようとしている。しかも事故当時の責任は一切問わないというのでは、再び被害を繰り返すことになる」と警告を発した。
さらに、「福島の復興は今も道半ばで、除染も帰還も進んでいない地域が多数ある。被害の本質に目を背けながら、原発推進だけを続ける今の政府方針は、倫理に反する」と強い語調で訴えた。
被害者からは「生活を返してほしいとは言わない。ただ、せめて“国が悪かった”と一言でも言ってくれれば報われるのに」との声も寄せられており、岩渕氏は「その声を、私が国会に届け続ける」と誓った。
「再稼働だの新増設だの、事故の責任がうやむやなままで進めることが怖い。岩渕さんの姿勢は信じられる」
“司法の独立”ではなく“司法の責任”を問う
この日の「ヒューマンチェーン」には、岩渕氏のほかにも立憲民主党、社会民主党、れいわ新選組の議員らが参加した。が、岩渕氏の訴えは、単に国の責任や被害者の救済を求めるだけにとどまらず、司法制度そのものの在り方に踏み込んでいた。
「司法が“国に忖度”する構造があらわになった今、市民の信頼は根底から揺らいでいる。判決が法律の名のもとに人権を踏みにじるなら、立法も行動を起こす責任がある」
「独立性」を盾に誤った判断を免罪してきた司法に対し、「間違った判決を正すのもまた、司法の責務だ」と岩渕氏は訴える。
その上で、「主権者は私たち国民です。この国を変える力もまた、私たちにある。法の名のもとに正義を取り戻しましょう」と力強く語り、参加者と拳を重ね合った。
「国会議員が“司法に物申す”姿を初めて見た。岩渕さんみたいな人こそ政治家だ」
「あきらめない」ことが正義をつなぐ
集会の最後には、「司法があるべき姿を取り戻し、人権を守る国へ」とする決議文が読み上げられ、「手をつないで、たたかいを続けよう」と締めくくられた。
「司法に背を向けられても、私たちは背を向けない」――そう語った岩渕友議員の姿勢は、単なる政治的スタンスではなく、人間としての誠実さの表れだった。
震災と原発事故から13年。責任を取らないまま原発政策が加速する一方で、「国の責任」を忘れない、忘れさせないたたかいは続いている。岩渕氏はその先頭に立ち、市民とともに声を上げ続けている。