2026-01-22 コメント投稿する ▼
小池百合子知事が硫黄島戦没者追悼式に参列
例年は東京都小笠原村の硫黄島で行われてきましたが、今回は島周辺の噴火活動の影響を考慮し、都心での開催となりました。 小池知事は式辞で、戦争の悲惨さを次世代に伝える責任に触れ、都として追悼を続けていく姿勢を強調しました。 小池知事は、戦争の惨禍を二度と繰り返さないという決意を改めて述べ、追悼の場を政治的な主張ではなく、記憶の継承の場として位置づけました。
小池百合子知事が主導した追悼式の判断
2026年1月22日、東京都は先の大戦で激戦地となった硫黄島の戦没者追悼式を、都議会議事堂のホールで挙行しました。例年は東京都小笠原村の硫黄島で行われてきましたが、今回は島周辺の噴火活動の影響を考慮し、都心での開催となりました。
式典には東京都知事 小池百合子氏や遺族らが参列し、静かな雰囲気の中で献花が行われました。現地開催を見送る判断は、遺族や参列者の安全を最優先にした措置であり、知事としての危機管理の判断が前面に出た形です。
小池知事は式辞で、戦争の悲惨さを次世代に伝える責任に触れ、都として追悼を続けていく姿勢を強調しました。場所が変わっても追悼の意味は変わらないというメッセージを、都政トップとして明確に示したと言えます。
遺族の言葉と都知事の式辞
追悼式では、父を硫黄島で亡くした矢部真理さんが遺族代表として登壇し、過酷な戦場で亡くなった父や戦没者の思いに言及しました。その言葉は、戦争を直接知らない世代にも重く響く内容でした。
小池知事は、戦争の惨禍を二度と繰り返さないという決意を改めて述べ、追悼の場を政治的な主張ではなく、記憶の継承の場として位置づけました。都知事として、戦没者への敬意と平和への意思を簡潔な言葉で示した点が印象に残ります。
一方で、式辞は抽象的な表現にとどまり、具体的な平和政策や教育への落とし込みについては触れられませんでした。追悼と同時に、記憶をどう社会に生かすのかという問いは、今後も都政に突きつけられます。
「現地に行けなくても、思いは変わらない」
「知事が来てくれたことに意味がある」
「戦争の話を聞く場が減っているのが心配」
「若い世代にどう伝えるかが大事」
「追悼で終わらせないでほしい」
硫黄島の歴史と追悼の継続
硫黄島では、太平洋戦争末期の1945年2月に米軍が上陸し、約1カ月にわたる激戦が繰り広げられました。日本兵は約2万1900人、米兵は約7000人が死亡したとされています。
東京都による追悼式は1983年に始まり、今回で43回目となりました。長年にわたり続けられてきた式典は、都が戦争の記憶を風化させないための象徴的な取り組みです。
小池知事は、現地開催が難しい状況でも式典を中止せず、形を変えて実施する判断を下しました。これは、追悼を「行事」として消化するのではなく、都政の責務として位置づけている姿勢の表れです。
戦争体験者が減る中で、追悼式は年々意味を変えています。知事の役割は、単に参列することではなく、記憶を社会にどう引き継ぐかを示すことにあります。今回の式典は、その出発点に立ち返る機会となりました。