2026-01-18 コメント投稿する ▼
中谷元前防衛相が新党に方針明示要求も石破内閣こそ迷走した政権
自由民主党(自民党)の中谷元前防衛大臣が2026年1月18日、フジテレビの報道番組「日曜報道 THE PRIME」に出演し、新党「中道改革連合」に対して安全保障政策のスタンスを明確にするよう求めました。しかし、中谷氏自身が防衛大臣を務めた石破茂内閣こそ、約1年間にわたって明確な方向性を示せず、国民の不信を招いた政権だったのではないでしょうか。
中谷氏が新党に「スタンス明示」を要求
番組で中谷氏は、立憲民主党(立民)の重徳和彦税制調査会長に対し、「政党を作って何がしたいのか。私、今から10年前に防衛大臣で平和安全法制、今の立憲の人たちはどう考えているのか、そのへん、はっきりと聞きたい」と述べました。さらに「政党として、はっきりスタンスを示して(ほしい)」と求めています。
重徳氏は「この10年間、相当、東アジアの安全保障環境は変わってきている。条文とにらめっこして、違憲か合憲かの議論よりも、まずその脅威にどう対抗するのか、そういう時期に来ていると思う」と応じましたが、中谷氏の要求は政党の基本姿勢を問うものでした。
消費税をめぐっては、重徳氏が食料品の期限付き税率ゼロを2025年の参議院選挙から主張してきたと強調しました。これに対し中谷氏は「今の消費税率は維持するべきだ」と述べ、自民党と日本維新の会(維新)の連立合意で食料品の消費税ゼロも視野に検討するとされている点について、「しっかり議論したうえで決めないとダメだ」と慎重な姿勢を示しています。
石破内閣は何をしたかったのか
しかし、中谷氏に他党へ「スタンスを明示せよ」と要求する資格があるのでしょうか。中谷氏が防衛大臣として仕えた石破内閣は、2024年10月1日に発足してから2025年10月21日まで続きましたが、その間「何をしたいのか分からない」との批判が絶えませんでした。
石破首相は発足当初、「納得と共感の政治」を掲げ、地方創生や防災庁の設置などを訴えました。しかし、具体的な政策は岸田文雄政権からの継承が中心で、独自色を打ち出すことができませんでした。専門家からは「看板の掛け替えに過ぎない」との指摘も相次ぎました。
「石破さんは総裁選では色々言ってたのに、結局何がしたかったのか最後まで分からなかった」
「地方創生って10年やって失敗してるのにまたやるの?具体策が見えない」
「岸田政権の継承って言うけど、じゃあ変える必要あったの?」
「防災庁とか言ってたけど結局どうなったんだ」
「石破内閣って本当に迷走してたよね。方向性が全然見えなかった」
経済政策では、石破首相は最低賃金の引き上げ加速を掲げましたが、総裁選時には「2020年代に1500円実現」と述べていたものが、所信表明演説では「目標に向かってたゆまぬ努力を続けます」とトーンダウンしました。政権公約には達成時期すら明記されず、方針の一貫性が問われました。
外交・安全保障分野でも、石破首相はトランプ米大統領との関係構築に苦慮しました。2025年7月の参議院選挙では自民党と公明党が大敗し、衆参両院で過半数割れという結果に終わりました。この敗北を受けて、同年9月7日に石破首相は退陣を表明しています。
ブーメランとなった「スタンス明示」要求
中谷氏が新党に対して「政党として、はっきりスタンスを示して」と要求する姿は、まさにブーメランと言えるでしょう。中谷氏が防衛大臣を務めた石破内閣こそ、明確なスタンスを国民に示せなかった政権だったからです。
政権発足時から石破首相の豹変ぶりは批判されていました。総裁選では野党との対話を重視する姿勢を示していたのに、就任後わずか9日で衆議院を解散。国会での十分な議論もないまま選挙に突入し、結果は与党の大幅議席減となりました。
約1年間の石破政権で具体的に何が実現したのか、国民には見えませんでした。政権維持に追われ、党内基盤の弱さから明確な方針を打ち出せず、改革志向も不明確なまま終わったというのが実態です。
中道改革連合は2026年1月16日に結成されたばかりで、これから政策の詳細を詰めていく段階にあります。新党に対して早急にスタンスの明示を求めるのは理解できますが、それを要求する中谷氏自身が、方向性の不明確な政権の閣僚だったという事実は重く受け止めるべきでしょう。
政治家が他者に厳しい基準を求めるのであれば、まず自らが所属していた政権の総括をしっかりと行うべきではないでしょうか。石破内閣で何ができて何ができなかったのか、なぜ明確な方向性を示せなかったのか。そうした反省なくして、他党に「スタンス明示」を求める資格はないと言えます。
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