2025-10-30 コメント投稿する ▼
東京都立病院1.7億円未払い、外国人医療費問題で露呈する制度空白と公金補てんの矛盾
オーバーステイで不法滞在となり、生活保護法や健康保険法の適用を受けない外国人であっても、緊急の病院は患者を目の前にして診察を応じないわけにはいかないというのが医療現場の声だ。 東京都が実施する外国人未払医療費補てん事業は、補てん先が医療機関であって患者本人ではないことが特徴だ。
外国人の医療費未払い問題が深刻化している。全国的に課題視される中、東京都立病院では令和6年度(2024年4月~2025年3月)だけで未収金が計1億7155万円にのぼり、前年の5年度も1億5377万円だったことが複数の関係者への取材で判明した。同様の課題に直面する民間病院に対しても、東京都は6年度に36施設(病院・診療所)に対して計1318万7000円の公金補てんを実施。税金を投入することで医療機関の経営圧迫を軽減する一方で、制度の根本的な矛盾が露呈している。
緊急医療と法的空白の葛藤
不慮のけがや突然の発症で搬送された外国人患者。医師や看護師の前に立ちはだかる現実は、人道的責任と制度的限界の衝突だ。健康保険に未加入であれば、かかった医療費の「10割」が自己負担になる。オーバーステイで不法滞在となり、生活保護法や健康保険法の適用を受けない外国人であっても、緊急の病院は患者を目の前にして診察を応じないわけにはいかないというのが医療現場の声だ。
東京都福祉保健財団によると、補てん対象となる外国人は「日本の国籍を有せず、都内に居住または勤務する者で、公的医療保険が適用されないもの、または公的医療扶助の給付を受けないもの」と定義される。つまり、オーバーステイや不法入国など、健康保険法や生活保護法、行旅病人及行旅死亡人取扱法などの適用対象外となる外国人を指す。こうした人びとが緊急時に医療を受ける際、医療機関は負担を被ることになる。
都立病院の未収金実績から換算すれば、令和6年度だけでも推計1000件ほどの未払いが確認されたことになる。外国人患者一人当たりの平均未収額は約17万円で、日本人患者の平均未収額(約5万円)の3倍以上に達する。金額が大きい理由は、入院治療など重篤なケースが多いからだ。
「オーバーステイですが、重度の脳卒中で搬送されてきました。手術と入院で400万円以上かかりました。本人は払えません」
「生活保護は申請できないんです。在留資格がないから。医療費だけが残ります」
「民間病院は経営が厳しい。1件の高額未払いで経営が危機的になることもあります」
「国民皆保険の理念は理解していますが、不法滞在者にまで適用する法的根拠がない」
「補てんの額は最大でも年200万円。全国の状況を見れば、不十分な対策と言わざるを得ません」
制度の矛盾:「病院に補てん、患者に責任」の構図
東京都が実施する外国人未払医療費補てん事業は、補てん先が医療機関であって患者本人ではないことが特徴だ。すなわち、税金で補てんされる対象は、診療を行った病院の経営負担軽減に限定される。患者本人が医療費を免除されるわけではなく、回収努力が行われた結果、なお回収できない分を公的資金で穴埋めするという仕組みである。
補てん基準は厳格だ。対象は「緊急的な医療」に限定され、入院は14日まで、外来は3日までが対象期間。同一医療機関の同一患者につき年200万円が上限だ。東京都福祉保健財団から医療費補てんを受けた医療機関が、その後患者から回収した場合は、補てん医療費を東京都に返還することが義務付けられている。つまり、医療機関は患者の回収努力を徹底することが求められるのだ。
令和6年度に補てんを受けた36施設の状況を見れば、政策の限界が明白である。わずか約1318万円の補てんで、1億7155万円の都立病院未収金や民間病院の経営危機を抜本的に解決することはできない。補てん対象となるのは、極めて限定的なケースに過ぎないのだ。
法的責任の境界線が曖昧なまま
政治・経済的な視点からみれば、ここに深刻な問題が存在する。生活保護法や健康保険法は、明示的に外国人(特に在留資格のない者)の適用対象を限定している。一方で、行旅病人及行旅死亡人取扱法など、限定的な法制度は存在する。しかし、これらで網羅されない「制度の空白領域」に、オーバーステイや不法滞在の外国人が取り残されている。
その結果、公的責任が曖昧なまま、医療機関が「緊急の人道的対応」という名目で実質的な負担を被る構図が生まれている。医療機関が患者を受け入れなければ、人命が失われる。だからこそ医師たちは診療に応じる。しかし、その代償として医療機関の経営が圧迫されるという矛盾が、東京都の補てん事業という「後付けの施策」で対症療法的に対処されているに過ぎない。
国民の納めた税金と「選別される医療」の緊張関係
最初から明確に指摘すべき点は、この問題は、国民が負担する税金で外国人の医療費を補てんすることの是非を問う課題だということである。公金投入の是否を判断するには、幾つかの視点が必要だ。
まず、「緊急時対応」という観点。重度の脳卒中やクモ膜下出血など、生命の危機に直面する患者を前に、医療機関が「在留資格がない」という理由で診察を拒否することは、医学倫理上許容されない。この「人道的対応」の実施コストを誰が負担するかという問題である。
次に、「制度設計の矛盾」という観点。在留資格のない外国人は、原則として日本の社会保障制度の適用外である。これが厳密に運用されれば、医療費は自己負担であり、払えなければ医療を受けられない結果になる。しかし、緊急時に人命が失われることは許容されない。この二律背反が、税金による補てんという形で「隠蔽」されているのが現状だ。
さらに、「予防的対策の欠如」という観点。訪日外国人の中でも、観光目的の短期滞在者と異なり、不法滞在者は医療保険加入ができない。一方で、政府は訪日観光客への旅行医療保険加入を事実上義務化する方向で検討中だが、国内に居住・滞在する不法滞在者への対策は極めて限定的だ。
民間病院への補てん不足と医療提供体制の脆弱性
令和6年度の補てん実績1318万7000円は、36施設の未払い医療費全体の一部に過ぎない。つまり、多くの民間病院が補てん対象外となり、経営負担を被ったままである。東京都の施策が救済する医療機関は、限定的であり恣意的な選別が行われているとも言える。
中小規模の民間病院にとって、数百万円規模の未払い医療費は致命的だ。単発で500万円を超える未収が発生すれば、月次利益が一気に消失する。医療機関経営の脆弱性に、外国人の未払い問題が拍車をかけている。
今後の課題:法的根拠の明確化と制度設計
この問題を放置すれば、医療機関の経営悪化が進み、最終的には外国人患者の受け入れ態勢そのものが縮小する可能性がある。訪日外国人が年3700万人を超える時代、医療提供体制の安定化は国家的課題だ。
必要なのは、在留資格のない外国人の緊急医療に対する法的責任を明確化し、一定の基準に基づいて公的負担を定める法制度である。現状のように個別の補てん事業で対症療法的に対処するのではなく、制度そのものの再設計が求められる。オーバーステイや不法滞在の外国人にも、人道的最低限の医療は保障すべきという原則と、公的資金の効率的配分という要請を、どのようにバランスさせるかという政策的判断が不可避なのだ。