2025-12-11 コメント投稿する ▼
C1輸送機の分解作業開始、機首は所沢航空発祥記念館で展示へ47年間活躍
2025年3月に全機が退役したこの国産輸送機の分解作業が12月11日、埼玉県の航空自衛隊入間基地で行われ、機首部分は2027年春にリニューアルオープンする所沢航空発祥記念館での展示に向けて保存されることになります。 保存される機首部分は、2027年春にリニューアルオープン予定の所沢航空発祥記念館で一般公開される予定です。
半世紀の歴史に幕、C1輸送機の解体始まる
50年以上にわたって日本の空を飛び続けてきた航空自衛隊のC1輸送機が、ついに解体される時を迎えました。2025年3月に全機が退役したこの国産輸送機の分解作業が12月11日、埼玉県の航空自衛隊入間基地で行われ、機首部分は2027年春にリニューアルオープンする所沢航空発祥記念館での展示に向けて保存されることになります。
C1輸送機は戦後初の国産ジェット輸送機として1970年11月12日に初飛行し、1973年から航空自衛隊で運用が開始されました。日本航空機製造が開発し川崎重工業が製造したこの機体は、試作機を含む31機が製造され、半世紀以上にわたって日本の航空輸送を支え続けました。
47年間飛び続けた19号機の最後
今回分解された19号機は1976年から2023年まで47年間という長期間にわたって運用された機体です。その飛行時間は実に1万7880時間に及び、東日本大震災をはじめとする災害時には、短距離離着陸性能を活かして被災地支援で大きな役割を果たしました。
分解作業では、全長約3.7メートル、高さ約4.5メートルの機首部分を胴体から切り離す慎重な作業が実施されました。機首と胴体をつなぐ280本のボルトを一本一本外した上で、クレーンを使って慎重に吊り下げて分離する様子が公開されました。すでに尾翼やエンジンカバーも取り外されており、機首以外の胴体部分は残念ながらスクラップとして処分される予定です。
「所沢の記念館で保存されると聞いて少し救われた気持ちになった」
「これで本当に国産輸送機の時代が終わってしまうんですね」
「次世代にもC1の技術を伝えてほしいです」
ベテラン機長が語る思い出
分解作業を見守っていた須田芳則3等空佐(56歳)は、C1の機長として約1200時間もの操縦経験を持つベテランパイロットです。須田3佐は「すばらしい可能性を持った機体で寂しい気持ちはありますが、所沢に残されることになってよかった」と感慨深げに語りました。
C1輸送機の特徴は、その優れた短距離離着陸性能にあります。最短離陸滑走距離は460メートルと短く、通常人員60名、空挺隊員45名、患者輸送時は36名の搭載が可能でした。また、後部ドアは飛行中も開閉でき、空挺降下や物資の空中投下も可能な多用途性を誇りました。
所沢航空発祥記念館で展示へ
保存される機首部分は、2027年春にリニューアルオープン予定の所沢航空発祥記念館で一般公開される予定です。同記念館は現在、開館から30年以上が経過したことから大規模なリニューアル工事を実施中で、2025年9月1日から2027年3月末まで休館しています。
所沢は1911年に日本初の飛行場が開設された「日本の航空発祥の地」として知られています。記念館のリニューアル後は、この歴史ある地にC1輸送機の機首が展示されることで、日本の航空技術の発展を物語る貴重な資料として後世に伝えられることになります。
国産航空技術の象徴として
C1輸送機は日本の航空技術の発展において重要な意味を持つ機体でした。戦後復興期に国産技術で開発された初の本格的なジェット輸送機として、その後のC2輸送機開発につながる技術的基盤を築きました。
2025年3月14日には最後の特別塗装機「フェニックス」がラストフライトを行い、半世紀以上の歴史に幕を下ろしました。現在の主力輸送機はより大型で長距離飛行が可能なC2に完全に移行していますが、C1が果たしてきた役割は日本の航空史に刻まれる重要なものでした。
今回の機首保存により、この歴史ある国産輸送機の姿が後世に残されることになり、日本の航空技術発展の証として多くの人々に見守り続けられることでしょう。