2026-02-08 コメント投稿する ▼
減ゆ連・原口一博共同代表が佐賀1区で落選、比例復活もならず
2026年衆議院選挙の佐賀1区で、減税日本・ゆうこく連合前職の原口一博共同代表が自民党前職の岩田和親氏に敗北し、比例代表九州ブロックでも復活できず落選しました。立憲民主党が公明党と結成した中道改革連合に参加せず、河村たかし氏らと減税日本・ゆうこく連合を設立した原口氏でしたが、党公認候補の応援などで地元を空ける機会が多くなり、自らの選挙運動が制限されたことが響きました。
中道不参加で減ゆ連設立も落選
佐賀1区で減税日本・ゆうこく連合前職の原口一博共同代表が、自民党前職の岩田和親氏に敗北しました。比例代表九州ブロックでも復活できず落選しました。
原口氏は所属していた立憲民主党が公明党と結成した中道改革連合に参加しませんでした。代わりに、河村たかし氏らと減税日本・ゆうこく連合(減ゆ連)を設立しました。立憲民主党と公明党の合流に反対し、独自の道を選んだ形です。
しかし、新党設立の決断は選挙での勝利にはつながりませんでした。全国的な自民党への追い風の前に、原口氏も議席を失いました。
党公認候補応援で地元不在が響く
原口氏は党公認候補の応援などで地元を空ける機会が多くなり、自らの選挙運動が制限されたことが響きました。減税日本・ゆうこく連合の共同代表として、全国の候補者を応援する責任がありましたが、それが地元での活動時間を奪う結果となりました。
接戦が伝えられた選挙戦後半は地元での街頭演説や集会を増やし、支持拡大を図りましたが及びませんでした。地元に戻って活動を強化しても、すでに遅かったようです。
「原口さんまで落選か、減ゆ連は厳しかったな」
「中道に参加しなかったのは正解だったと思うけど、新党設立は難しかった」
「党の応援で地元不在、それじゃ勝てないよ」
「選挙戦後半に地元に戻っても手遅れだったか」
「佐賀1区、自民党の岩田氏が勝利」
立憲民主党時代からのベテラン
原口氏は立憲民主党時代からのベテラン議員です。民主党政権時代には総務大臣を務めるなど、党の要職を歴任してきました。
しかし、立憲民主党と公明党の合流には反対し、中道改革連合には参加しませんでした。公明党との政策の違いや、合流の進め方に疑問を持っていたとされます。
河村たかし氏らと減税日本・ゆうこく連合を設立し、消費税減税などを訴えましたが、有権者の支持を十分に集めることはできませんでした。
減税日本・ゆうこく連合の苦戦
減税日本・ゆうこく連合は、河村たかし名古屋市長(当時)らが中心となって結成した政党です。消費税減税を最大の政策として掲げていますが、今回の衆院選では苦戦しました。
原口氏のような有力候補でも落選するなど、新党としての知名度や組織力の不足が露呈しました。中道改革連合に参加しなかったことで、立憲民主党や公明党の組織票を失ったことも影響した可能性があります。
減税日本・ゆうこく連合の共同代表は、原口氏のほかにもいますが、党全体としての議席獲得は限定的でした。
自民党の岩田和親氏が勝利
一方、勝利した自民党前職の岩田和親氏は、佐賀1区での議席を守りました。全国的な自民党への追い風に乗り、原口氏を破りました。
自民党は今回の衆院選で戦後最多となる316議席を獲得し、佐賀県でも強さを見せました。高市早苗首相の高い支持率が、地方の選挙区でも効果を発揮しました。
岩田氏は地元での活動を着実に続け、原口氏が地元を空けている間に支持を固めたと見られます。
比例復活もできず完全落選
原口氏は比例代表九州ブロックでも復活できず、完全な落選となりました。減税日本・ゆうこく連合の比例名簿での順位が低かったか、党全体の得票が少なかったことが影響した可能性があります。
中道改革連合に参加した立憲民主党出身者も、公明党優遇で比例復活が難しい状況でしたが、減税日本・ゆうこく連合も同様に厳しい状況でした。
原口氏の落選により、減税日本・ゆうこく連合は有力な国会議員を失うことになります。
中道不参加組の苦境
原口氏のように、立憲民主党が公明党と合流して中道改革連合を結成する際に参加しなかった議員もいました。しかし、独自の道を選んだ議員の多くが苦戦しました。
中道改革連合に参加した議員は壊滅的な敗北を喫しましたが、中道改革連合に参加しなかった議員も同様に厳しい結果となりました。全国的な自民党への追い風の前に、野党勢力全体が苦境に立たされました。
原口氏の落選は、野党再編の難しさを示す事例となりました。立憲民主党と公明党の合流にも問題がありましたが、それに反対して独自の道を選んだ議員も勝利できませんでした。