2026-02-09 コメント投稿する ▼
中道・野田共同代表が辞任の意向「万死に値する」公示前167から49議席へ惨敗
2026年衆議院選挙で壊滅的な敗北を喫した中道改革連合の野田佳彦共同代表は9日未明の記者会見で、「大敗を喫した責任は大きい。万死に値する責任だと思っている」と述べ、辞任の意向を示しました。公示5日前に立憲民主党と公明党を合流させて結成した新党は、公示前の167議席から49議席へと激減し、短期決戦で新党名を支持層に十分浸透させることができませんでした。小沢一郎氏、枝野幸男氏、岡田克也氏ら重鎮が相次いで議席を失う惨敗となりました。
野田共同代表が辞任の意向表明
中道改革連合の野田佳彦共同代表は9日未明の記者会見で、衆院選の惨敗について、「大敗を喫した責任は大きい。万死に値する責任だと思っている」と述べ、辞任の意向を示しました。
斉藤鉄夫共同代表も「責任は取らなければならない」と語り、執行部全体が責任を取る姿勢を示しました。安住淳共同幹事長は辞任の意向を野田氏に伝えました。
野田氏は選挙前、敗北すれば「重大な政治判断をしたい」と進退に言及していました。公示前の167議席から49議席へと激減する壊滅的な敗北を受けて、その言葉通り辞任を決断しました。
公示5日前の新党結成が裏目に
中道改革連合は公示5日前の1月22日、立憲民主党と公明党により結成されました。両党合わせて公示前は167議席で、野田氏は選挙で積み増しを図って比較第1党になることを目標に掲げていました。
しかし、短期決戦で新党名を支持層に十分浸透させることができませんでした。立憲民主党と公明党という政策や支持基盤が大きく異なる政党の合流に、有権者が戸惑ったとの指摘もあります。
公示直前の新党結成という慌ただしさも、選挙戦に悪影響を及ぼしました。候補者調整や選挙戦略の練り込みが不十分だったとの批判があります。
「野田さん、万死に値するって、相当責任感じてるな」
「公示5日前の新党結成、無謀すぎた」
「立憲と公明の合流、支持者が混乱したのでは」
「比較第1党どころか、公示前の3分の1以下じゃないか」
「執行部総退陣、党の存続も危うい」
小沢一郎氏ら重鎮が相次ぎ落選
中道改革連合では、小沢一郎氏(岩手3区)や安住淳共同幹事長(宮城4区)、玄葉光一郎氏(福島2区)、枝野幸男氏(埼玉5区)、岡田克也氏(三重3区)らがそれぞれ落選しました。
小沢氏、安住氏、玄葉氏、枝野氏の4人は比例選でも復活当選できませんでした。岡田氏は比例選に重複立候補していなかったため、小選挙区での敗北が即座に落選につながりました。
これらの重鎮は、旧民主党時代から党を支えてきた大物議員です。2009年の政権交代を主導し、民主党政権で要職を務めた人物が次々と議席を失いました。
旧民主党幹部の相次ぐ落選
小沢一郎氏は旧民主党で代表を務め、2009年の政権交代を主導した立役者です。1969年の初当選から57年のキャリアを持つ大ベテランが、ついに議席を失いました。
安住淳氏は民主党政権で財務大臣を務めました。立憲民主党時代には国対委員長として野党第一党の国会対策を取り仕切ってきましたが、中道改革連合では共同幹事長として党の要職にありながら、議席を守ることができませんでした。
玄葉光一郎氏は民主党政権で外務大臣を務めました。福島2区での長年の実績も、全国的な自民党への追い風の前には通用しませんでした。
枝野幸男氏は立憲民主党の立ち上げを主導し、初代代表を務めた重鎮です。1993年の初当選以来11回当選してきましたが、埼玉5区で自民党新人に敗れ、比例復活もかないませんでした。
岡田克也氏は民主党政権で外務大臣、民進党代表を務めました。三重3区で敗北し、「政策議論なく残念な選挙」と語りました。
国民民主・玉木代表「民主党時代が終わった」
国民民主党の玉木雄一郎代表は9日未明、旧民主党で代表を務めた中道改革連合の小沢一郎氏らが落選したことについて、「民主党時代が終わった」と述べました。
玉木氏は「旧民主政権の幹部や閣僚経験者の落選で本当の意味で民主党時代が区切りを迎えたのだと思う」と語りました。玉木氏自身、2009年の衆院選で旧民主党から出馬し初当選しており、感慨深い思いを抱いているようです。
2009年の政権交代から15年以上が経過し、当時の主要メンバーが次々と政界を去る時期に差し掛かっています。今回の衆院選は、まさにその区切りとなりました。
立憲と公明の合流に批判
立憲民主党と公明党の合流には、当初から批判がありました。公明党は創価学会を支持母体とする宗教政党であり、立憲民主党とは政策や支持基盤が大きく異なります。
公明系候補28人が全員比例代表の名簿上位で処遇されたことに、立憲民主党系の不満がくすぶっていました。野田氏ら一部の元立憲民主党幹部が、十分な議論を経ずに公明党との合流を急いだことが批判されました。
この新党戦略は完全に失敗に終わり、党の存続も危うい状況となりました。野田氏の辞任により、中道改革連合は執行部刷新を迫られることになります。
自民党の圧勝と対照的
自民党は今回の衆院選で戦後最多となる316議席を獲得し、単独で衆院の3分の2を超える議席を確保しました。高市早苗首相の高い支持率による「高市人気」が自民党全体を押し上げました。
中道改革連合の惨敗は、自民党の圧勝と対照的です。保守色の強い高市政権への対抗軸となることを目指していましたが、「平和国家の道をこれからも歩く中道の政治が必要だ」という訴えは有権者に届きませんでした。
野田氏は民主党政権時代の2011年から2012年にかけて首相を務めました。しかし、民主党政権の失政の記憶が有権者に残っており、中道改革連合への期待は低かったと考えられます。
党の存続も見通せず
野田氏の辞任により、中道改革連合は執行部刷新を迫られます。しかし、公示前の167議席から49議席へと激減し、重鎮が相次いで落選する中、党の存続も見通せない状況となっています。
立憲民主党と公明党の合流という枠組み自体が問われることになりそうです。再び分裂して、それぞれの政党に戻る可能性もあります。
今後、中道改革連合がどのような形で再建されるのか、あるいは解党するのかは不透明です。野党勢力の再編が進む可能性もあります。