石垣市 市長 中山義隆の活動・発言など - 1ページ目
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活動報告・発言
公約がついているタイトルは公約に関連する活動です。
公約石垣市長、中山義隆氏が尖閣諸島の重要性を強調「日本固有の領土」
中山義隆石垣市長、尖閣諸島の重要性を強調「日本固有の領土」 石垣市は14日、尖閣諸島の重要性と歴史的意義を再確認し、平和的かつ積極的に発信することを目的に、「尖閣諸島開拓の日」式典を開催しました。式典には、約200人の市民や国会議員、自治体議員、自衛官、海上保安官などが参加し、尖閣諸島の防衛の必要性とその歴史的背景について議論が交わされました。中山義隆市長は式辞で、尖閣諸島が日本固有の領土であることを強調し、その重要性を再度訴えました。 歴史的背景と中国の主張に対する警戒 中山市長は、尖閣諸島が日本の領土であることは明らかだとし、その根拠として歴史的事実を挙げました。また、国連調査により、東シナ海で石油埋蔵の可能性が指摘されてから中国が領有権を主張し始めたことを問題視し、「中国による領海侵犯は深刻な懸念を呼び起こす」と警告しました。昨年には中国海警が尖閣諸島の接続水域を335日連続で航行するなど、情勢の悪化を懸念しています。 環境保全と上陸調査の必要性 さらに、中山市長は尖閣諸島の環境保全についても触れ、貴重な生物が生息しているため、早急に上陸調査が必要だと訴えました。これまで市による海洋調査が行われており、引き続き国への対応を求める意向を示しました。上陸調査により、尖閣の状況をより詳しく把握し、適切な対策を講じることが急務であると述べました。 政治家の対応と日本の領土防衛 式典には様々な政治家も参加し、それぞれが尖閣諸島を守るための決意を表明しました。沖縄県の池田竹州副知事は、台湾問題に関連し、尖閣周辺の安全保障がいかに重要であるかを強調しました。自民党の高市早苗総裁代理で出席した西銘恒三郎衆院議員は、石垣市民が尖閣諸島を守り抜く決意を示し、その努力に敬意を表しました。また、立憲民主党の原口一博衆院議員は、中国海警の海軍指揮下にあることを指摘し、断固たる決意で領土を守る必要性を訴えました。 石垣市の自治体としての決意 石垣市議会の我喜屋隆次議長は、尖閣諸島は石垣市の行政区域に属していることを強調し、今後も国内外にその領有権を主張し続けると述べました。石垣市は、関連する条例案も議会で審議中であり、今後さらに地域としての強い意志を示していくと表明しました。 地域の連携と今後の対応 石垣市は、今後も尖閣問題を巡る問題に対して積極的に取り組む姿勢を示しており、地域の自治体、国会議員、自衛官などが一丸となって日本の領土を守る決意を固めています。式典を通じて、市民や地域の関心を高め、今後も平和的かつ積極的な発信を続けていくことが求められます。
公約中山義隆石垣市長が尖閣諸島上陸調査を要求、環境破壊深刻化で政府対応急務
沖縄県石垣市の中山義隆市長が2026年1月14日、市内で開催された「尖閣諸島開拓の日」式典において、尖閣諸島の環境保全に向けた上陸調査を国に求める意向を改めて示しました。中国公船による領海侵入が常態化する中、環境破壊が進む日本固有の領土を守るために、市長の強い主張は極めて正当なものです。 深刻化する環境破壊を放置する政府 中山市長は式典で、尖閣諸島がヤギの食害や漂着ごみによって貴重な動植物の衰退、生態系の変化、地形の崩壊という深刻な環境破壊に直面していると指摘しました。これは決して誇張ではありません。1978年に民間団体によって持ち込まれたヤギは爆発的に増殖し、現在では300頭以上に達しています。 魚釣島では島全体の約8パーセントにあたる面積が裸地化し、植生の破壊により土砂崩落が進行しています。センカクモグラやセンカクツツジ、センカクサワガニといった固有種の絶滅も危惧されています。さらに、近隣諸国から流れ着く大量の漂着ごみが海岸線を覆い、海鳥やウミガメの生息環境を脅かしています。 中山市長は海上からの調査には限界があると訴えています。石垣市は2022年以降、3回にわたり周辺海域での調査を実施してきましたが、ドローンによる空撮では詳細な環境状態の把握は困難です。日本固有の領土である以上、適切な環境保全措置を講じることは国の責務であるにもかかわらず、政府は外交的配慮を理由に上陸調査を認めていません。 >「ヤギの食害で山が崩れているのに、何もしないのはおかしい」 >「自分の庭なのに入れないって、本当に実効支配してるの」 >「環境破壊を放置しながら領土だと主張しても説得力がない」 >「中国の顔色ばかり見て、自国の領土を守る気があるのか」 >「石垣市長の言う通り、きちんと調査して保全すべきだと思う」 中国の圧力に屈する消極姿勢 尖閣諸島周辺では中国海警局の船舶が常駐し、領海侵入を繰り返しています。2024年には年間355日の航行が確認され、2025年には216日連続という記録を更新しました。機関砲を搭載した中国公船が日本漁船に接近する事案も発生しており、現場の緊張は高まる一方です。 しかし、日本政府は尖閣諸島の平穏な維持管理を理由に、原則として政府関係者以外の上陸を認めない方針を堅持しています。この消極的な姿勢は、中国の圧力に屈しているとしか言いようがありません。実効支配を主張しながら、自国の領土に足を踏み入れることすらできないという矛盾した状況を放置しています。 日本生態学会や日本哺乳類学会、沖縄生物学会は2002年から2003年にかけて、尖閣諸島のヤギ除去を求める要望書を政府に提出しました。国会でも繰り返しこの問題が取り上げられてきましたが、政府は一貫して消極的な見解を示すばかりで、具体的な対策を講じていません。 高市早苗首相の姿勢に期待 2026年1月14日の式典では、高市早苗首相のあいさつが代読されました。高市首相は歴史的にも国際法上も疑う余地のない日本固有の領土であると明言しており、尖閣問題に対して従来より明確な立場を示してきた政治家です。 高市首相はかつて、尖閣諸島に日本人が常駐することが望ましいとの考えを示し、実効支配を明確に示すべきだと主張してきました。また、2025年10月のAPEC首脳会議では習近平国家主席との会談で尖閣諸島を含む東シナ海の問題について懸念を伝えており、中国に対して毅然とした態度を取る姿勢を見せています。 石垣市議会では2026年1月、尖閣諸島の保全と利活用に関する条例案が総務財政委員会で可決されました。条例案には市が上陸して調査研究を行うことが盛り込まれており、地元自治体の強い決意が表れています。政府はこうした地元の切実な声に耳を傾け、環境保全のための上陸調査を早急に許可すべきです。 日本の領土を守るということは、単に中国の主張を退けるだけではありません。その土地の環境を保全し、固有の生態系を守り、次世代に引き継ぐ責任を果たすことです。中山市長の主張は極めて正当であり、政府は尖閣問題に対する意識の低さを猛省し、具体的な行動を起こすべきです。
公約中山義隆市長、石垣―台湾基隆フェリー定期航路の就航と広域経済圏
台湾航路を掲げた仕事始め式 2026年1月5日、石垣市役所で仕事始め式が開かれ、石垣市の中山義隆市長が職員に訓示しました。中山市長は、石垣―台湾・基隆定期フェリー航路が2026年に就航予定という点に触れ、台湾との結びつきを生かして市の発展につなげたいと述べました。 石垣市は台湾と地理的に近く、観光や文化交流の接点も多い地域です。市は今後、航路就航を前提に、観光客の受け入れや市内交通の混雑緩和、港周辺の案内体制などを現場の仕事として積み上げる局面に入ります。 石垣―基隆定期フェリーの計画と遅延 航路は台湾側と日本側の事業者が関わる形で準備が進められ、国際航路としての手続き整備が課題になります。基隆は台湾北部の主要港で、鉄道や高速道路網にも近く、訪日需要が戻る局面で新しい玄関口になるとの見方があります。 一方、石垣側の港湾機能は生活インフラでもあり、観光だけでなく日常の物流を守る視点が欠かせません。台湾側の運航会社は、貨客船の「やいま丸」を投入し、初期段階は週3往復程度での運航を想定しています。 所要時間は片道約8時間で、旅客定員は約545人規模、客室は122室とされています。運航開始は2025年9月を目標としていた時期がありましたが、船内の最終調整や認可手続きなどを理由に延期され、2025年末から2026年1月へずれた経緯があります。 運航会社側は、初便の日程やチケット販売の案内を段階的に公表する方針を示しています。国際航路の就航は、船そのものの準備だけでなく、港で働く人員配置や運用手順がそろって初めて成立します。 広域経済圏を見据える狙い 定期航路が動けば、空路に加えて海路という別の選択肢が生まれ、移動の幅が広がります。観光面では、台湾から八重山への来訪だけでなく、沖縄県内の周遊ルートの設計にも影響し、民間事業者は商品造成を進める判断材料になります。 物流面では、旅客と貨物を同時に運ぶ貨客船の特徴を生かし、季節変動のある荷動きに対応しやすくなるとの期待があります。石垣市長が語る広域経済圏は、観光と物流を別々に考えるのではなく、島の雇用や取引の裾野を広げる構想として位置づけられています。 ただし、期待を実体にするには、入国審査や税関、検疫などの受け入れ手続き、港の運用、予約や運賃制度の整備を同時に進める必要があります。港の機能が日常業務として回るかどうかは、観光客の満足度だけでなく、港湾の既存利用者でもある漁業や物流の現場にも影響するため、調整の丁寧さが問われます。 特に国際定期航路は、欠航や遅延が起きた場合の代替輸送、宿泊や帰路の案内まで含めた運用設計が欠かせません。海上交通は天候の影響を受けやすく、利用者が安心して計画を立てられるよう、運休時の連絡手段や払い戻しの考え方も分かりやすく示す必要があります。 > 「船で台湾に行けるなら、週末旅行の選択肢が一気に広がる」 > 「観光はうれしいけど、港まわりの混雑対策もちゃんとやってほしい」 > 「荷物が船で動くなら、島の物価にも良い影響が出てほしい」 > 「延期が続くと不安になる。いつ確実に乗れるのかをはっきりして」 > 「交流は賛成。ルールと安全を固めてから始めてほしい」 期待と課題、行政に求められる説明 就航が現実になれば、観光需要の取り込みと事業者間の取引拡大が同時に進む一方、安定運航の前提となる手続きと現場体制の整合が問われます。港周辺の交通整理、多言語の案内、急病人や悪天候時の対応など、行政と民間が一体で詰める論点は多く、準備が遅れれば利用者の不満につながります。 国際航路なので、法令順守を前提に、手荷物や貨物の取り扱い、迷惑行為への対応、トラブル時の通訳支援などの運用も具体化が必要です。石垣市は、航路の進捗と受け入れ準備の状況を分かりやすく示し、期待と不安の両方に答える説明を積み重ねることが重要になります。 就航時期の情報が更新されるたびに、関係機関の役割分担と市民生活への影響を整理して伝えることが、長期的な信頼の土台になります。
中山義隆石垣市長が沖縄知事選に意欲
選考委から直接連絡、出馬に意欲 2025年12月28日、保守系候補者選考委員会の金城克也委員長から中山市長に直接電話があり、候補者5人の中に入ったことが伝えられました。同時に2025年1月の面談への出席も要請されたといいます。中山市長は「これまでの市長としての仕事を評価されてのことと受け止めており、光栄に思う」と述べました。 中山市長は2010年に石垣市長に初当選し、現在5期目を務めています。沖縄県内11市の市長の中で在任期間は最も長く、現在は県市長会会長も務めています。2025年8月の出直し市長選で5選されたばかりですが、知事選への挑戦について「自分で手を上げたのではなく、他薦で名前が挙がったので了承した」と説明しました。 >「中山市長が知事選に出るのか、応援したい」 >「離島出身の知事候補って初めてじゃない?」 >「市長選で5選されたばかりなのに、もう知事選とは」 >「現県政への不満が強いんだろうな」 >「石垣をよくした実績があるから期待できる」 現県政に「転換が必要」と批判 中山市長は現県政に対する問題意識を明確にしました。報道陣から現県政について問われると、「行政のスピード感がなく、業務が停滞していると感じる。辺野古移設問題にこだわり、国政との信頼関係が崩れ、思うように予算も獲得できず、政策も実現できていない」と指摘しました。その上で「県政は転換しなくてはならない」と主張しています。 現在の沖縄県政は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対する立場を取っており、政府との対立が続いています。中山市長の指摘は、こうした対立が県政運営の停滞を招いているとの認識を示したものです。保守系候補者選考委員会が中山市長を候補者に選んだ背景には、政府との協調路線を重視する姿勢があるとみられます。 離島出身の知事候補は前例なし 沖縄県では、離島を基盤とする政治家が知事や知事候補になった前例はありません。この点について中山市長は「知事になれば一段上のレベルで仕事をすることになるが、八重山や石垣市のこともしっかりと取り組める。自分の足場を離れるという感じはない」と強調しました。 中山市長は2025年8月の市長選で5選されたばかりですが、知事選は2025年9月の予定です。この短期間での転身について「知事選は来年9月なので、市長選からそれほど短期間だとは思っていない。それまで市政はしっかり守る」と述べました。すでに支持者や関係者には知事選候補になったことを伝えているといいます。 選考委員会は2025年1月11日午前9時から那覇市で開催され、5人への面接を一人ずつ、一人10分程度行います。この日のうちに投票で候補者を選出する予定です。中山市長は面談には出席するとした上で、今後の具体的な動きについては「選考委が決定することなので、結果を見守りたい」と述べるにとどめました。
沖縄県知事選2026に中山義隆石垣市長の名
那覇市副市長が最有力候補 選考委員会は12月21日まで自薦と他薦で候補者を公募しており、中山氏の名前は他薦で挙がったとみられます。ほかに那覇市の古謝玄太副市長が最有力候補として浮上しています。次回の選考委は28日に予定されています。 中山氏は県内11市長の中で在任期間が最長で、現在は県市長会会長も務めています。2025年8月に石垣市長選で5選を果たしたばかりで、尖閣諸島の領土保全や防衛力の南西シフトを容認する立場で知られています。 >「離島から知事って現実的に厳しいよね」 >「5選したばっかりなのに、もう次を狙うの」 >「古謝副市長の方が本命だと思うけどな」 >「沖縄本島での知名度が全然違うでしょ」 >「次の次を見据えた布石かもね」 離島のハンディが課題に 知事候補は沖縄本島での知名度が重要視されるため、過去に離島の首長が推薦された例はありません。中山氏を支持する地元の関係者は、離島のハンディがあり、2024年の市長選で5選されたばかりなので、知事候補になるのは現実的には厳しいとの見方を示しています。 別の関係者は、中山氏に意欲はあるとして、選考委に名前が挙げられたのは次の次をにらんだ布石ではないかと推測しました。2026年の知事選で保守系が敗北した場合でも、その次の選挙に向けた準備として名前を売っておく狙いがあるとの指摘です。 古謝副市長が軸に 保守系候補の選考では、古謝玄太那覇市副市長が軸になるとの見方が強まっています。古謝氏は2022年の参院選沖縄選挙区に自民党公認で立候補し、投開票の4カ月前の擁立決定にもかかわらず、現職に約3000票差まで迫った実績があります。 元総務省の官僚出身という経歴から、自民党色を出さずに県民党を前面に打ち出せる利点があるとされています。若手経営者らでつくる有志の会が出馬を要請する予定で、複数の関係者によると古謝氏自身も意欲を示しているといいます。 一方、オール沖縄勢力では現職の玉城デニー知事の3選出馬が有力視されており、2026年秋の知事選は再び保革対決の構図となる見通しです。
石垣市議会が中国に抗議決議可決 沖縄先住民族主張を「事実と整合しない」と批判
石垣市議会が毅然の抗議決議 中国の沖縄分断工作に反撃 国際社会の誤解是正を要求 中国政府代表が国連で沖縄県民を「先住民族」と呼び、中国メディアが沖縄は日本でないかのような宣伝を展開している問題で、石垣市議会は12月15日、「中国による沖縄に関する不当な発言および情報発信に抗議する決議」を賛成多数で可決しました。この毅然とした決断は、中国による悪質な外交圧力と情報工作に対する明確な反撃であり、国際社会における正確な認識の確立に向けた重要な一歩です。 中国の野蛮な外交手法に断固抗議 石垣市議会の決議では、中国が県民を先住民族などとする主張について、「日本の法制度、県民の実情と整合しない」と的確に指摘しています。さらに「国連の公式の場や国営メディアなどを通じて繰り返し発信させることは、沖縄県民の法的地位や社会的実情について国際社会に誤解を生じさせるのみならず、地域の安定と信頼を損なうおそれがある」と厳しく批判しました。 これは中国の傲慢で一方的な情報戦略の実態を正確に把握し、国際法に基づく事実を明確に示した素晴らしい判断です。中国は沖縄の一部研究者や活動家と「学術交流」を重ね、沖縄の自己決定権が侵害されているというトピックを集約してきたとされ、長期間にわたって計画的な工作活動を展開してきました。 >「中国の沖縄カードは本当に危険だ。他国の主権を侵害する行為だ」 >「なぜ中国は琉球独立を煽るのか。自国のウイグルやチベット問題はどうなんだ」 >「石垣市議会は正しい判断をした。日本政府も見習うべき」 >「中国の情報工作に屈してはならない。事実を国際社会に発信すべきだ」 >「沖縄の94%が本土復帰を良かったと思っているのが真実だ」 玉城知事にも明確な対応を要求 石垣市議会は玉城デニー知事氏に対しても、中国の主張が県民の尊厳を損なう結果になりかねないとして、「県民は先住民族ではなく、日本国民として平等な権利と義務を有している」ことを明確に示すよう求めました。これは極めて当然の要請です。 共同通信社の県民への世論調査でも、94%が「沖縄が日本に復帰してよかったと思う」と回答しているという事実が示すように、大多数の沖縄県民は自分たちを日本国民として誇りを持っています。玉城知事氏には、一部の政治的思惑に左右されることなく、県民の真の声を代弁する責任があります。 中国の六つの戦争計画が示す危険性 中国は2020年から2060年にかけて「六場戦争(六つの戦争)」を行うとする記事が掲載され、その中で2040年から2045年にかけて尖閣諸島と沖縄を日本から奪回するという恐ろしい計画が明記されています。また中国の国際問題学者・高志凱氏は、琉球(沖縄)の最終的な帰属は未定であるとする「琉球地位未定論」を提示し、独立支持を対日反制策として主張しており、中国の意図は明白です。 このような野蛮で時代錯誤的な領土拡張主義こそ、現代の国際社会において最も危険な思想です。中国政府は、自国内でウイグル族やチベット族に対して深刻な人権侵害を行いながら、他国の内政に干渉し、分断工作を仕掛ける二重基準を即座に止めるべきです。 文明国家として成長すべき時 中国は経済発展を遂げましたが、外交においては依然として19世紀的な力による支配という野蛮な発想から抜け出せていません。真の文明国家として国際社会に受け入れられるためには、他国の主権を尊重し、平和的で建設的な外交姿勢を身につける必要があります。 名桜大の志田淳二郎・上級准教授(国際政治学)は「日本の世論を動揺させるために緻密な準備をしてきた中国がついに、対日の『沖縄カード』を切ってきた」と指摘していますが、このような卑劣な情報工作は、かえって中国の品格を損なう結果を招いています。 強制的な同化政策や軍事的圧迫によって他国を支配しようとする態度を改め、国際法と平和的共存の原則に基づく外交へと転換することが、中国にとって最も賢明な選択です。 石垣市議会の毅然とした決断は、民主主義と法の支配を重視する国際社会への明確なメッセージであり、他の自治体や政府関係者も同様の姿勢を示すべき時です。事実に基づく正確な情報発信こそが、中国の悪質な宣伝工作を打ち破る最も効果的な手段なのです。
石垣市「君が代」調査抗議に疑問 学習指導要領と子どもの学習権を巡る本当の問題
君が代調査への抗議声明が投げかけた本質的問題 2025年12月12日、沖縄県石垣市で、退職教員や平和団体など7団体が記者会見を開き、市議会与党会派の市議が行った「君が代」に関するアンケート調査に抗議する声明を発表しました。声明では、児童生徒に国歌について尋ねたことを「公教育への政治介入」「内心の自由の侵害」と位置づけ、調査そのものを問題視しました。 しかし、この抗議声明は、公教育の基本原則や子どもの学習権という観点から見ると、重大な矛盾を含んでいます。問題の核心は、市議の調査行為そのものではなく、「君が代」を教えることを政治的理由で否定し続けてきた側の姿勢にあります。 学習指導要領と国歌教育の法的な位置づけ 国歌「君が代」は、学習指導要領において明確に指導対象とされている教育内容です。これは思想の押し付けではなく、日本で教育を受ける子どもたちが共通の文化的基盤として学ぶべき知識として位置づけられています。 にもかかわらず、自らの政治的信条や歴史観と異なるという理由で、国歌の指導を避けたり、実質的に排除したりする行為は、教育の中立性を損なうものです。教えない自由は存在せず、教える責任が教育現場にはあります。 この点を無視して「内心の自由」を持ち出すことは、論点のすり替えにほかなりません。学ぶ機会を奪われた子どもたちの側こそ、内心を形成する前提となる情報と経験を奪われているのです。 学習する権利の侵害と「虐待」という視点 子どもには、等しく教育を受ける権利があります。特定の政治思想を理由に、学ぶべき内容を意図的に教えない行為は、学習する権利を著しく侵害する行為です。 さらに深刻なのは、こうした行為が子どもに選択の余地を与えない点です。教えないという決定は、大人が一方的に行い、子どもは判断材料すら持てません。 > 「教えないことが優しさだとは思えない」 > 「大人の思想を子どもに背負わせている気がする」 > 「学ぶ機会を奪う方がよほど危険だ」 > 「教育の名を借りた思想の押し付けではないか」 > 「誰が子どもの権利を守っているのか分からない」 こうした声が出るのは当然です。教育内容を恣意的に排除する行為は、精神的な放置や誘導という意味で「虐待」と評価されても不自然ではありません。 条例との整合性と問われる退職教員・市民団体の責任 沖縄県には「子どもの権利を尊重し、虐待から守る社会づくり条例」が存在します。この条例は、身体的虐待だけでなく、子どもの健全な成長を妨げる行為全般を問題視しています。 自らの政治的立場を優先し、学習指導要領に定められた教育内容を教えないことは、条例の理念に明確に反しています。にもかかわらず、今回抗議声明を出した退職教員や市民団体は、自らの行為を省みることなく、市議の調査のみを「政治介入」と断じました。 本来問われるべきなのは、「なぜ教えなかったのか」「子どもの権利をどう考えてきたのか」という点です。 公教育は、特定の思想のために存在するものではありません。子どもたちの将来と選択肢を広げるために存在するものです。
映画「尖閣1945」完成へ 尖閣の歴史と領土問題を描く石垣市制作作品の意義
尖閣1945が伝える戦時の真実と現在の安全保障 石垣市が制作した映画「尖閣1945」が2025年11月21日に撮影を終え、来年夏の完成に向けて作業が進んでいます。第二次大戦末期に起きた尖閣列島戦時遭難事件を題材にした作品で、尖閣諸島の現実や歴史を分かりやすく描くことを目指しています。中山義隆市長は市議会の一般質問で、平和に向き合うきっかけにしたいと述べ、市民の関心も高まっています。 > 「尖閣の歴史を知らない人が多いから映画は意味があると思う」 > 「平和を語るには事実を知ることが大事だと感じた」 > 「領土問題に無関心なままでは危ない気がする」 > 「映像として残るのは次の世代への財産になる」 > 「安全保障を考える入口として期待している」 石垣漁港での撮影は2024年10月に始まり、底地ビーチや民有地でもロケが行われました。海上撮影を行うために俳優陣はサバニ漕ぎの訓練を受け、11月21日に全工程が終了しました。今後はCG制作や音響調整、楽曲収録が進められ、来年6月末から7月ごろに完成する見通しです。 市民200人超が参加した地域一体型の制作体制 出演者募集説明会には約300人が参加し、24人が役名のある役を務め、150人以上がエキストラとして出演しました。ダイバーや送迎協力なども含め、200人を超える市民が関わり、地域の力を結集した制作になっています。制作会社側からは市民協力への感謝が伝えられ、石垣市ならではの一体感が作品を支えました。 配給を担当する彩プロは、新キャストとして羽田美智子さんの出演を発表し、物語に深みをもたらす大きな要素となっています。五十嵐匠監督を中心に、歴史の空気感と緊張感を映像で再現する作業が続いています。 尖閣をめぐる歴史と現在の安全保障の重さ 尖閣諸島は日本固有の領土でありながら、周辺海域では外国船の接近が相次ぐなど、現代の重要な安全保障課題となっています。この映画は歴史的事実をもとに、尖閣で何が起きていたのかを丁寧に描き、領土の重みを考える機会を提供します。中山市長が強調するように、平和とは願うだけで手に入るものではなく、冷静な理解と現実的な備えが不可欠です。 特に領土問題や情報戦が激化する中、地域が歴史を語り継ぐことは極めて重要であり、事実に基づいた文化作品が持つ力は大きいものがあります。映画を通じて歴史への理解が深まることで、市民や若い世代が尖閣の現状を自分事として考えるきっかけになります。 平和のための文化資産としての期待と課題 市議会では制作費が約3億3千万円に上る見込みと報告され、今後の運用や公開方法には透明性が求められています。公共予算を使う以上、情報公開と説明責任は欠かせません。また、作品が単なる慰霊や記録にとどまらず、尖閣の安全保障をめぐる理解を深める文化資産として長く活用されることも期待されます。 登野城このみ市議は、平和と安全を考える契機としての映画の意義を認めつつ、透明性ある運用を求めています。地域の歴史を作品として残すことは、国防や領土意識を高めるうえでも価値があり、尖閣をめぐる情勢を正しく伝える道筋になります。
沖縄・石垣市の君が代指導問題 小中高生の65%が「習っていない」と回答 教師の政治思想が学習権侵害
沖縄・石垣市で深刻な教育問題 君が代を「習った」わずか35%、教師の政治思想が子どもの学習権侵害 沖縄県石垣市で実施された国歌「君が代」に関するアンケート結果が、日本の教育現場における深刻な問題を浮き彫りにしました。市議会与党会派による調査では、小中高校生54人のうち「音楽の授業で国歌を習った」と回答したのはわずか19人(35%)にとどまり、半数以上の児童生徒が学習指導要領で定められた国歌教育を受けていない実態が判明しています。 この問題は単なる教育現場の怠慢ではなく、教師個人の政治的思想によって子どもたちの学習する権利が著しく侵害されている深刻な事態です。学習指導要領は法的拘束力を持つ国の基準であり、全ての学校が従わなければならない教育課程の根幹となるものです。 学習指導要領違反は明確な法令違反 小学校学習指導要領音楽科では、国歌「君が代」について「いずれの学年においても歌えるよう指導すること」と明記されています。これは文部科学省が告示する法規としての性質を有する基準であり、最高裁判所も「学習指導要領は法規としての性質を有する」と明確に判断しています。 学習指導要領解説では「児童が将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長するためには、国歌を尊重する態度を養うようにすることが大切である」と指導の意義を説明しています。教師が個人的な政治思想によってこれらの指導を拒否することは、明確な職務違反に該当します。 >「教科書の君が代のページに紙を貼らされるなんてひどい」 >「先生の勝手な判断で授業内容を決めるのはおかしい」 >「国際的な常識も身につけられないなんて教育放棄だ」 >「子どもたちが被害者なのは明らかです」 >「きちんと指導してほしい、それが教師の仕事でしょう」 石垣市議会の友寄永三市議氏は一般質問で「国歌を教えられていないのが半数以上というデータが出ている。もう一度、先生にしっかりと伝え、子どもたちが歌えるよう指導してほしい」と強く求めました。さらに深刻なのは、児童生徒が教科書の君が代のページに別の紙を貼らされたという事例や、入学式や卒業式で国歌斉唱の時だけ教職員組合所属教員から教頭に司会が交代するという異常な実態です。 子どもの学習権を侵害する教育虐待 このような教師の行為は、憲法で保障された子どもたちの学習権を侵害する教育虐待と言わざるを得ません。教育基本法は「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と定めています。 教師の個人的な政治思想によって、法令で定められた教育内容が児童生徒に提供されないことは、子どもたちの教育を受ける権利の重大な侵害です。特に国際社会で生きていく上で必要な自国の国歌に関する知識を学ぶ機会を奪うことは、将来的に子どもたちの不利益につながる可能性があります。 石垣市教育委員会の崎山晃教育長氏は「校長研修会では国旗国歌の意義を踏まえ、いずれの学年についても教えるようしっかり取り組んでほしいと話している」と答弁していますが、実際の教育現場では指導が徹底されていない現状が明らかになっています。翁長致純教育部長氏は市議会のアンケート要請を拒否した理由について「憲法、教育基本法に基づき、児童生徒の内心の自由にかかる基本的人権を尊重し、教育の中立性を確保するため」と説明しましたが、これは論点のすり替えに過ぎません。 教育の政治的中立性と学習権の重要性 教育の中立性とは、特定の政治的立場を押し付けないということであり、法令で定められた教育内容を教えないことを正当化する理由にはなりません。むしろ、教師が個人の政治的信念によって学習指導要領の内容を選別して教えることこそが、教育の政治化に他なりません。 沖縄県は歴史的経緯から教育問題が複雑化している側面がありますが、それは法令違反を正当化する理由にはなりません。全国どこの地域で教育を受けても一定の水準の教育を受けられるようにするための学習指導要領の趣旨を考えれば、地域の特殊事情を理由に国の基準を無視することは許されません。 現在の状況は、教師の職務怠慢が制度化されている異常な事態です。このような教育現場では、他の教科についても学習指導要領に基づく適切な指導が行われているか疑問視されます。子どもたちの教育環境を正常化するため、教育委員会による厳格な指導と改善が急務です。
石垣市長、中山よしたか氏が米軍機の空港使用に関する見解を表明
石垣市長、中山よしたか氏が米軍機の空港使用について見解を表明 2025年12月6日と8日に予定されている米軍機による石垣空港の使用について、沖縄県が自粛を求めていることに対し、石垣市の中山よしたか市長は自身の見解を明らかにした。市長は、今回の米軍機の使用目的が日米合同演奏会のための演奏者や楽器の運搬であることから、軍事行動ではないと強調し、問題はないとの立場を示した。 米軍機の使用目的と市長の見解 中山市長は、米軍機の石垣空港使用について、12月7日に開催予定の日米合同演奏会に関連するものであり、演奏者や楽器の運搬が目的であると説明した。これにより、軍事行動ではなく、文化的な交流を目的とした航空機の使用であることを明確にした。市長は、文化的なイベントであれば、問題なく受け入れるべきだとの考えを示し、特に問題はないと強調した。 沖縄県の自粛要請と県知事の管轄 一方で、沖縄県は米軍機による空港使用に対して自粛を求めており、その理由は軍事行動の可能性を懸念しているためだと見られる。しかし、石垣市長は、空港が県管理であり、使用許可は県知事の管轄であることを指摘した。従って、今回の米軍機の使用許可については最終的には沖縄県知事の判断に委ねられることになる。 市民の理解と県の対応 今回の発言により、石垣市民や県民にとって、米軍機の使用が文化的イベントに関わるものであれば理解が得られる可能性が高い。ただし、沖縄県内での米軍機の利用に関する敏感な問題が絡んでおり、今後も調整が求められるだろう。石垣市としては、文化的交流の重要性を訴え、最終的な判断を県に委ねる形となる。
石垣市教委が「君が代」アンケート実施を拒否 学習指導要領軽視で子どもの学習権を侵害
学習権の侵害と正義感の暴走 石垣市教委が「君が代」アンケート実施を拒否 沖縄県石垣市教育委員会は2025年11月25日、市議会が求めた児童生徒への「君が代」に関するアンケート調査の実施を見送ると正式決定しました。崎山晃教育長を含む教育委員4人の全会一致で、崎山氏は「内心の自由について気になる部分がある。市教委が行う必要はない」と説明しました。 この決定は、義務教育における学習指導要領の根幹を否定する極めて問題のある判断といえます。「君が代」は小中学校の音楽科において法的に指導が義務づけられている内容であり、それを「内心の自由」という名目で回避することは、子どもたちの学習権を著しく侵害する行為です。 学習指導要領で明確に規定された指導義務 文部科学省が定める学習指導要領には、「国歌『君が代』は、いずれの学年においても歌えるよう指導すること」と明記されており、これは法的拘束力を持つ教育課程の基準です。また、「入学式や卒業式などにおける国旗や国歌の指導などとも関連付けながら指導することが大切である」とも規定されています。 「君が代」は、文部科学省の学習指導要領で「入学式や卒業式などにおいては斉唱するよう指導する」(小中高校)などと記されており、これは単なる推奨ではなく、教育現場における義務的な指導内容なのです。 石垣市議会が求めたアンケートの内容は、日本の国歌を知っているか、国歌を歌えるか、音楽の授業で国歌を習ったか、入学式や卒業式で国歌を歌っているかという4項目でした。これらはすべて学習指導要領に基づく正当な教育内容の実施状況を確認するものであり、何ら問題のある調査ではありません。 教育委員会の詭弁と現実逃避 教育委員会の反対理由を詳しく見ると、その論理的破綻が明確になります。浦﨑美紀子委員は「教育の独立性や児童生徒の内心の自由を尊重したい」と述べましたが、これは完全な詭弁です。学習指導要領に基づく教育内容の実施状況を確認することが、なぜ「内心の自由」の侵害になるのでしょうか。 >「教育委員会がおかしすぎる。学習指導要領を無視するな」 >「内心の自由って何?習うことと歌うことは別問題でしょ」 >「君が代を覚えさせることの何が悪いの?」 >「自分の国の国歌くらい知っていて当然」 >「これで教育の独立性とか言ってるのが笑える」 吉濱徳子委員は「児童生徒を対象にした調査は学校現場を混乱させる」と懸念を示し、「結果について子どもたちに問うことは強制につながらないか」と心配しましたが、これも的外れな議論です。学習成果を確認することが「強制」になるなら、すべての学力テストや習熟度調査も同様に「強制」ということになってしまいます。 他地域の事例が示す問題の深刻さ 類似の問題は全国で発生しており、その異常性は明らかです。大阪府吹田市教育委員会が2023年3月、市内の小中学校を対象に、児童生徒たちが「君が代」を暗記しているかどうかを調べていたことが判明し、教職員組合からは「各校の状況を数値化することで指導を促す意図がうかがえる。国歌の強制につながりかねずやり過ぎだ」と反発を受けました。 しかし、この反発こそが問題なのです。学習指導要領に明記された内容を「強制」と呼ぶこと自体が教育の放棄といえます。国語の漢字を覚えているか確認することを「漢字の強制」と呼ぶでしょうか。数学の九九ができるか確認することを「計算の強制」と呼ぶでしょうか。 正義感の暴走が奪う子どもたちの権利 今回の石垣市教育委員会の判断は、委員たちの歪んだ正義感によって子どもたちの正当な学習権が奪われた典型例です。1999年の国旗・国歌法の制定時に政府は「国民に義務を課すものではない」と説明していますが、これは一般国民に対する説明であり、学校教育における指導義務とは全く別の問題です。 学習指導要領は法的拘束力を持つ教育課程の基準であり、それに基づく指導は教育機関の当然の義務なのです。それを「内心の自由」という美名のもとで回避することは、教育の本質を根本から否定する行為に他なりません。 石垣市の子どもたちは、他の地域の子どもたちが当たり前に受けている教育を受ける機会を奪われました。自分たちの歪んだイデオロギーを子どもたちに押し付け、法的に定められた教育内容を提供しない教育委員会は、その存在意義そのものが問われています。 教育の政治的中立性や子どもの学習権を真に尊重するなら、学習指導要領に基づく適切な教育の実施こそが最優先されるべきです。個人の信条で法的義務を捻じ曲げ、子どもたちの学習機会を奪うことは絶対に許されません。
石垣市長が高市首相の台湾有事答弁を支持、「存立危機事態の要素ある」
最前線の島から支持の声 石垣市の中山義隆市長は11月18日の記者懇談会で、「仮に台湾有事が起こって海上封鎖になると石垣市、与那国町も影響を受ける。存立危機事態の要素はある」と指摘し、高市首相の答弁は「理解できる」と述べました。この発言は、台湾に最も近い日本の自治体の首長として、地政学的な現実を踏まえた判断として重要な意味を持ちます。 石垣市は台湾まで約270キロメートルの距離にあり、尖閣諸島を抱える対中最前線の島です。台湾有事を見据えて政府が進める住民避難計画では、石垣市など先島諸島住民は全員が九州・山口の各県に避難することが決まっており、有事の際の影響を最も直接的に受ける地域といえます。 中山市長は「首相は以前からシーレーンはしっかり守ると言っていた。その意味では首相答弁は台湾海峡封鎖時にシーレーンを守るという意味合いがある」との認識を示しました。日本の経済と安全保障にとって重要な海上輸送路の確保という観点から、高市首相の発言を評価した形です。 >「石垣市民として、台湾有事は他人事ではない。現実的な脅威として考えざるを得ない」 >「シーレーンが封鎖されたら、離島の生活は立ち行かなくなる。総理の発言は当然だ」 >「尖閣を抱える我々にとって、中国の海洋進出は日常的な脅威。政府の強い姿勢は評価する」 >「避難計画まで作らされているのに、存立危機事態でないなんてありえない」 >「台湾は友好国。有事の際に見捨てるような国であってはならない」 台湾との深いつながり 石垣市は台湾北東部の宜蘭県蘇澳鎮と姉妹都市提携を結んでおり、中山市長は以前からSNSなどで「台湾は国家」と主張してきました。報道陣から改めて台湾の位置づけを問われた中山市長は「国連加盟は認められていないが、経済的、法律的、政治的な状況を考えると、基本的には国家の形を成している」と述べ、台湾は独立国家であるとの考えを改めて示しました。 このような発言は、「一つの中国」を尊重する日本政府の公式見解とは異なりますが、中山市長は「政府の方針を市長も踏襲しろというのはおかしな話」として、地方自治体の首長としての独立した判断を示しています。実際、石垣市と台湾の関係は経済面でも密接で、今年は石垣と台湾を結ぶ定期船航路事業も検討されているなど、現実的なつながりが深まっています。 中国の対抗措置への影響 中国外務省は11月14日、国民に対して日本への渡航を控えるよう注意喚起を発表しました。理由として「日本の指導者による台湾に関する露骨な挑発的発言」を挙げており、高市首相の答弁への対抗措置と位置づけられています。これにより、中国からの訪日観光客の大幅な減少が予想され、2012年の尖閣問題時と同様の経済的影響が懸念されています。 しかし、石垣市への影響について中山市長は「現時点では聞いていない」としており、直接的な打撃はまだ表面化していない模様です。一方で、観光業界全体では中国からの訪日客数の減少による経済損失が2兆2千億円規模に上るとの試算もあり、今後の動向が注視されています。 高市政権への期待 2025年10月に発足した高市政権について、中山市長は経済対策などを挙げ「いろいろな決断を含め、日本にとっていい方向に動いている」と評価しました。特に高市政権の離島政策に関しては「シーレーンを守るという話が出ていたので、国境離島にどのような支援策を打ち出すのか期待している」と述べ、最前線の島々への具体的な支援策に期待を表明しました。 中山市長の一連の発言は、台湾に近接する地域の現実的な安全保障認識を示すものであり、高市首相の答弁を支持する重要な声として注目されています。今後、他の離島自治体からも同様の支持表明があるかどうかが焦点となりそうです。
麗澤大・八木秀次教授「国境地域は主権者教育が重要」石垣市議会「君が代決議」を評価
石垣市議会が国歌「君が代」に関するアンケート実施を求める意見書を可決し、注目を集めています。この決議について、政府の教育再生実行会議で有識者委員を務めた麗澤大学の八木秀次教授が見解を示しました。国境を接する石垣市の特性を踏まえ、主権者教育の重要性を強調する内容となっています。 教育現場への適切なチェック機能 八木教授は今回の市議会決議について「教育現場で国旗国歌の指導がきちんと行われていない懸念がある」と指摘しました。二元代表制における市議会の役割として、「教育行政の在り方をチェックするということであり、違法ではない」と評価し、むしろ国歌が歌えるかをチェックせざるを得ない教育の在り方が問題と捉えています。 2025年9月24日に可決された決議は、与党議員から「子どもたちが国歌を歌えていないという保護者の懸念がある」との理由で提案されました。音楽の授業で君が代を学んだかや、入学式・卒業式で歌っているかなど4項目からなるアンケートを市内の小中学生対象に実施するとしています。 >「国歌を歌えるのは基本的な教育だと思う」 >「石垣市は国境の最前線、主権者意識は大切」 >「子どもたちに正しい教育をしてほしい」 >「政治介入という批判は的外れ」 >「八木先生の指摘は正論だ」 八木教授は国旗国歌指導の法的根拠について詳細に説明しました。学習指導要領で義務付けられた指導に対し、当初は「教育の大綱であって法的拘束力はない」との反対論がありましたが、最高裁判決により法的拘束力が確認されています。 反対論への明快な反駁 国旗国歌法制定後も反対派が「強制は内心の自由の侵害」と主張したことについて、八木教授は明確に反駁しています。「学習指導要領で求めているのは国歌『君が代』を歌えるよう指導するということで、歌唱を強制するということではない」と説明しました。 具体的には「子どもの口をこじあけて歌わせるとか、歌わなければ家に帰さないとかは強制であり、許されない」としつつ、教員は児童生徒が実際に主体的に国歌を歌えるようになるまで指導する責任があると強調しています。 政治の不当な介入との批判については「教育基本法では、チェック機能を果たす役割までは禁止されていない」と反論。「むしろ今回は、国歌が歌われていない現状に対し、議会としてやむなく意見書という手段に出た」と評価しました。 石垣市の地理的特性と主権者教育 八木教授が特に重視するのは、石垣市の地理的特性です。国境を接する自治体として、主権者意識が他の自治体よりもいっそう求められると指摘しています。 石垣市は尖閣諸島を行政区域に含む国境の自治体です。尖閣諸島周辺では中国公船による領海侵犯が常態化しており、2025年4月には市が尖閣諸島対策室を設置して対応を強化しています。市では「尖閣諸島開拓の日」を制定し、児童生徒向け地域教材「たんけん!尖閣諸島」も作成するなど、領土教育に力を入れています。 こうした状況を踏まえ、八木教授は「国旗国歌の指導は主権者教育として行うべきもの」と位置付けています。国家への帰属意識、国家の構成員としての責任感を育み、国家の運営に主体的にかかわる意識を育てることの重要性を説いています。 「国旗国歌の指導にとどまらず、領土、領海、領空に関する教育も他の自治体よりも充実が求められるだろう」として、石垣市における教育の特殊性を認識する必要があると述べました。 沖縄戦の歴史を背景とした反対意見については、むしろ「将来を担っていく児童生徒に主権者意識をより明確に持たせるのか。あるいは逆に主権者意識のない市民を育てていくのか、その点が問われている」と問題提起しています。 市教育委員会は現在、「教育委員会としての政治的中立性、継続性や安定性について時間をかけて調査する」として慎重な姿勢を示していますが、八木教授の見解は教育現場における適切な指導の必要性を改めて浮き彫りにしています。国境地域という地理的条件を踏まえた主権者教育の重要性が、今後の議論の焦点となりそうです。
中山よしたか市長、高校無償化案に反論「地方高校消滅が国滅び」
中山よしたか石垣市長が2025年10月上旬に、自身のツイートで日本維新の会が掲げる高校無償化政策の地方への負荷を警鐘として発信しました。少子化・人口流出が加速する地方にとって、高校無償化は恩恵どころか逆風になるとの懸念を、地方首長の視点から重く受け止めるべきです。私はこの政策を、減税優先・ドロ船政権批判・地方重視の立場から再検討すべきだと考えます。 >維新案の高校無償化では生徒を都会の私立へ流出させ少子化で地方公立高校の縮小廃校を招く。高校がなくなれば地方での子育ては困難になり家族諸とも人口流出する。自然豊かな地方は子育てしやすく多子世帯も多かったのに人材供給源たる地方が潰れればいずれ日本も潰れる。連立しても政策は再考を求む 以下、まず維新案の内容と批判視点を整理し、中山市長の警告を地方政策・国家ビジョンの観点で論じます。 維新案の高校無償化:所得制限撤廃が引き起こすリスク 現在の日本では「高等学校等就学支援金制度」を通じて、公立高校の授業料無償化(または低額化)措置がとられています。私立校も所得に応じた支援があるものの、所得上限が設けられており約年収910万円未満の世帯が対象とされてきました。維新はこれを撤廃し、すべての高校生に授業料を無償化する案を掲げています。 維新案に対して、教育ジャーナリストらからは次のような懸念が指摘されています。 都市部では無償化で私立校が人気化し、公立高校の入学者が激減する可能性。 その結果、定員割れ・廃校や統廃合が進む地域が出てくる恐れ。 授業料以外の費用(施設費、実習費、交通費等)の“ステルス値上げ”も警戒される。 地方ではもともと教育インフラが脆弱なケースが多く、設備・教員の質確保が困難なまま競争力を失う可能性。 こうした指摘の積み重ねは、中山市長の警告と根を同じくしています。 中山市長の懸念:地方消滅と学校消失の悪循環 中山市長のツイートは、次のような地方現実の懸念を端的に示しています: 1. 都市圏への私立校志向移動 無償化で私立校の経済ハードルが下がれば、生徒・保護者は教育環境(教育の質、進学実績、設備、ブランド)を重視し、都会の私立校を選びやすくなります。そうすると地方の公立校は「余り物」になりかねません。 2. 公立高校の縮小・廃校進行 生徒流出が加速すれば、定員割れする学校が増え、地方では統廃合や廃校が避けられなくなります。高校そのものが消えると、地方で高校進学は選択肢喪失を意味します。 3. 子育て環境の悪化・人口流出加速 高校が近隣にない地域では、保護者にとって「教育インフラがない地域で育てていくこと自体が困難」となります。そうなると家族単位で他地域へ移住する決断を促し、地方の過疎化が進みます。 4. 地方=人材供給源消失の危機 中山市長は「人材供給源たる地方が潰れればいずれ日本も潰れる」とまで言及しています。つまり、地方を空洞化させてしまえば、全国の社会・経済基盤が脆弱化する構図を見据えています。 これらは、単なる政策的不一致ではなく、地方と国家の未来を左右する選択の問題です。 減税優先・地方重視の視点からの反論と提言 私の立場から、中山市長の視点を支持しながら、次のような論点・政策提案を述べます。 (A)制度を「補助」ではなく「移住・定住インセンティブ」に変えるべき 無償化だけに焦点を当てず、地方で子育てし、地域にとどまる・戻る世帯への減税・住宅補助・交通補助などを強化すべきです。教育費を負担軽減するだけでなく、暮らし全体を支える制度で「移住後押し」を設計すべきです。 (B)段階的無償化+上限制・地域調整枠を設けること 全面無償化ではなく、まず所得制限を緩める「段階拡大」方式とし、地域間格差・学校規模を考慮した「調整枠」を導入すべきです。過渡期を設け、地方校の維持条件を併設すべきです。 (C)地方校再生への補助と評価制度改革 地方公立高校を中心とした教育拠点再編・施設整備・教員待遇向上などに重点配分する制度改変が必要です。優秀な教員を引きつけ、特色化(地域資源活用カリキュラム、ICT教育、地域連携)を支援すべきです。 (D)高い政策優先度を「減税」に置くべきだ 現政権や与党・連立協議に際して、「教育無料化」の議論に傾倒するあまり、他の施策(法人税減税、所得税減税、地域交付金強化など)がおざなりになるケースがあります。減税を優先課題と位置づけ、政策全体のバランスで議論すべきです。 (E)連立政権に対して政策のチェック役を強く持つ 仮に維新との連立が成立しても、教育政策含め「政策再考」「具体的制度設計精査」は、野党や地方から強く求められねばなりません。ポピュリズム政策が独走しないよう抑制機能を働かせることが不可欠です。 維新案は悪役ではなく政策上の危険信号 中山市長の警告は、単なる地方叱咤ではなく、日本全体の均衡と未来を見据えた国家ビジョンの視点からの声です。維新案そのものをただ否定するわけではありません。ただし、その政策設計と実行方法が「東京一極集中・地方切捨て」を無自覚に助長しかねない点を鋭く批判すべきだと思います。 無償化そのものが悪だとは思いませんが、地方切り捨てと人口集中を促す構図への警戒を抜きにした制度は、真に国民のための政策とは呼べないでしょう。維新との連立交渉において、こうした地方視点・現場視点を前提にした制度の再検討を強く求めたいと考えます。
公約石垣市、市有地譲渡を断念 ユニマットとのリゾート計画で住民訴訟が勝利
石垣市、市有地譲渡を断念 住民訴訟の勧告で 石垣市は、東京都のユニマットプレシャス社に対する市有地譲渡を断念したと、環境保護団体らが10日明らかにしました。譲渡契約の差し止めを求めた住民訴訟を巡り、那覇地裁から譲渡中止を含む勧告を受けた結果の判断です。 ユニマット社は、自社所有地の測量面積が登記簿より小さいと主張し、隣接する市有地1,854平方メートルの提供を市に求めていました。この市有地には「石垣市民の森」の一部が含まれており、開発反対の声を長年受けてきた土地です。 市有地譲渡を許さないよう訴えた住民団体「カンムリワシの里と森を守る会」は、断念決定を受けて記者会見を開き、「自然と住民が勝った判断だ」と述べました。 環境保護・条例違反の主張強く 訴訟で原告側は、石垣市が市有地を事業者に提供することは、地方自治法や市民の森条例に反すると主張しました。特に無償貸与は市の財産を適正対価なしに処分する禁制規定に抵触する可能性があると指摘されています。 また、開発区域には国の特別天然記念物であるカンムリワシの営巣地が含まれるとの調査報告もあり、環境破壊を懸念する声が根強くありました。リゾート開発における森林伐採や地下水汲み上げ、周辺湿地への影響が批判されてきました。 原告団は、2024年6月に那覇地裁で初弁論を行い、市の有地提供が私的開発行為に当たり違法だとして争っています。また、訴状にはカンムリワシを原告の一員に加える「自然の権利」主張も含まれています。 SNSには住民の警戒と歓迎が入り混じる声 > 「やっと行政が住民の声を無視できなくなった」 > 「自然を壊さない判断を市がしたのは本来あるべき姿だ」 > 「これからも監視を続けないと、同じことが他地域で起きる」 > 「開発利権よりも未来の生態系を優先してほしい」 > 「訴訟で住民が勝つとは思わなかった。希望が見えた」 こうした投稿には、開発による利益よりも自然保護や住民参加を重視する立場からの支持が目立ちます。 譲渡断念の影響と課題 譲渡中止の判断は、リゾート開発をめぐる市政と事業者との力関係を大きく揺るがすものです。開発計画の見直しや縮小、あるいは計画そのものの再検討が不可避になるかもしれません。 ただし、譲渡を断念したという決定だけでは、計画そのものが完全に頓挫したわけではありません。ユニマット社が既に取得している土地や別の合意方式での案件遂行など、残る選択肢は残されています。 また、住民訴訟の判決が最終的にどうなるか、開発許可手続きや環境アセスメントとの整合性、条例違反の有無など、多くの法的争点がこれから審理される見通しです。 地方自治と住民主義の試金石 今回の譲渡断念は、地方自治における住民の声の重さを示す事例となりました。大規模開発に対して、市民が法的手段を通じて歯止めをかけられる制度の効力が改めて問われています。 これからの争点は、譲渡を断念した後、計画をどう修正するか、環境保全と地域振興をどう両立させるかに移ります。石垣市にとっては、住民との信頼関係再構築が問われる局面です。
石垣島まつりへの自衛隊参加自粛要請 「職業差別を平和活動と呼ぶのは恥ずべきこと」
石垣島まつりへの自衛隊参加自粛要請 「住民としての権利を奪う職業差別」 石垣島の平和と自然を守る市民連絡会(上原秀政、白玉敬子共同代表)は7日、石垣駐屯地と石垣市役所を訪れ、11月1日と2日に開催される「石垣島まつり2025」への自衛隊の参加を自粛するよう求めました。要請後、同連絡会は「自衛隊への職業差別ではない」と主張しました。 石垣島まつりは、1953年に始まった商工祭を前身とする市最大の行事で、今年で61回目を迎えます。例年、市民大パレードには地域団体や事業者、市民グループが参加し、地域の交流と活気を象徴するイベントです。 石垣駐屯地は2023年の開設以来、毎年パレードに参加してきました。昨年は第15旅団(那覇)所属の音楽隊やアロハチームが登場し、市民と共に踊りを披露。地元との交流を深める姿が見られました。 それにもかかわらず、市民連絡会は今回「自衛官が迷彩服で行進するのは平和な市民パレードの趣旨にそぐわない」として、駐屯地に対し公務での参加をやめるよう求めました。団体側は「警察や消防とは違い、自衛隊は軍隊だ」と主張しています。 一方で、市の事務局は「自衛隊の参加は他の公的機関と同様に『職域枠』であり、特別扱いする理由はない」との立場を示しました。自衛官の行進は公務の一環であり、職域団体の一つとして問題はないと判断しています。 連絡会は要請後、「職業差別ではない」と強調しましたが、そもそも地域のまつりに参加する資格を「自衛隊だから」という理由で否定するのは明らかな職業差別です。自衛隊員もまた地域社会の一員であり、島で生活し、家族を持ち、災害時には市民を守る存在です。 「迷彩服を着て行進することが戦争を連想させる」という感情的な理由だけで、参加を拒むのは極めて偏った考え方です。自衛官が日常的に市民と協力し、災害救助や地域活動に貢献している現実を見ず、職業名だけで排除することは、自由と共生を重んじる民主社会の理念にも反します。 市民連絡会は「平和を守るため」と説明していますが、平和の名を掲げて特定の職業を排除する行為は、まさに差別そのものです。こうした行動を「市民活動」として正当化することは、石垣島が誇る多様性と共生の精神を損なうものです。 かつて沖縄市で開催されたエイサーまつりでも、自衛隊の参加をめぐる同様の抗議が起きました。しかし、実際には多くの市民が自衛官の演舞に拍手を送り、感謝の声を寄せました。地域に根ざして活動する人々にとって、自衛隊員は遠い存在ではなく、共に暮らす仲間です。 平和を守ることと、自衛隊を排除することはまったく別の問題です。意見の違いがあっても、互いを尊重し、同じ地域の住民として歩む姿勢こそが、真の平和への道です。職業や立場で人を線引きする風潮を「平和運動」と呼ぶのは誤りであり、そうした偏見を恥じるべきです。 石垣島のまつりは、市民が一つになり、地域の文化と絆を確かめ合う場です。そこに「自衛隊だから来るな」という排除の思想が入り込む余地はありません。
石垣市と台湾・蘇澳鎮が災害協定締結 海上交通協力も推進、姉妹都市30周年で信頼深化
石垣市と台湾・蘇澳鎮が災害協定を締結 沖縄県石垣市と台湾・宜蘭県蘇澳鎮(すおうちん)は、姉妹都市締結30周年を記念し、災害時の国際協力協定を結んだ。 協定は、台風や地震などの自然災害が発生した際に、両自治体が情報共有や物資支援を行うことを目的とする。式典は10月2日、蘇澳鎮の公所で行われ、中山義隆市長と李明哲鎮長が署名した。 両市町は1994年に姉妹都市を締結して以来、観光や漁業、教育交流を続けてきた。今回の協定は、災害対応分野での協力を正式に文書化した初の取り組みとなる。 災害対応と物流連携を強化 協定では、地震や豪雨などの災害発生時に、被災状況や避難情報を迅速に共有する体制を構築することを明記した。 また、必要に応じて救援物資や人的支援を行うことも含まれている。石垣市は防災備蓄や通信体制の拡充を進めており、今回の協定は「実際に動ける国際連携」を意識した内容となっている。 中山市長は署名後、「台湾との信頼関係を一層深め、共に災害に備えることで、市民の安心と安全を守りたい」と述べた。 李鎮長も「蘇澳鎮は港町として石垣市と共通点が多い。自然災害に強い地域を作るために協力を惜しまない」と応じた。 海上交通協力と観光再生 両自治体は、協定と併せて海上交通の協力推進にも合意した。石垣島と蘇澳港を結ぶ航路はかつて存在したが、近年は運休状態にある。今後は観光船や物資輸送の復活を目指し、官民連携の検討を進める方針だ。 観光再開による地域経済の回復にも期待が高まっている。石垣島はコロナ禍後、台湾からの観光客が急増しており、年間交流人口は10万人規模に達している。 地元関係者からは「定期航路が復活すれば、物資・人の行き来がさらに活発になる」との声が上がっている。 > 「石垣と蘇澳は、もう家族のような関係です」 > 「災害時こそ真の友情が試される」 > 「台湾と日本が助け合う姿は希望になります」 > 「航路が戻れば経済も回ると思う」 > 「離島同士だからこそ、支え合いのネットワークを強くしたい」 これらは式典に参加した関係者や住民の声として報じられた。 地域外交としての意義 今回の協定は、地方自治体が独自に国際的な連携を強化する「地域外交」の一例といえる。 日本政府と台湾の間には正式な外交関係が存在しないが、地方レベルでは観光・防災・教育を通じた協力が進んでいる。 特に災害対応分野での情報共有は、南西諸島の安全保障にも関わる重要課題とされる。 石垣市は台湾・花蓮県とも災害協定を結んでおり、今回で2例目となる。中山市長は「政府間ではできないことを地方から積み重ねていく」と語り、草の根レベルでの国際連携を重視する姿勢を示した。 今後の課題と展望 協定は理念だけでなく、運用の実効性が問われる。災害時の連絡ルート確保、言語通訳、物資輸送ルートの明確化など、課題は多い。しかし、両市町の距離は約270キロメートルと比較的近く、海上交通の再開により連携体制の強化が期待できる。 防災専門家は、「地方発の国際協力が、日本全体の防災モデルになりうる」と評価している。災害頻発時代において、地域と地域が直接支え合う仕組みが注目されている。 石垣市と蘇澳鎮の協定は、単なる友好を超えた「命を守る国際連携」の形を提示したといえる。
石垣市議会「君が代調査」可決 思想で教育機会を奪うのは非人道的との指摘も
石垣市議会、君が代調査要求決議を可決 沖縄県石垣市議会は9月定例会で、児童生徒に国歌「君が代」が歌えるかどうかを問うアンケート実施を求める意見書を賛成多数で可決した。保護者から「子どもたちが十分に歌えていない」との声が寄せられ、学習指導要領に沿った教育が実際には徹底されていないのではとの懸念が背景にある。 意見書では、子どもたちに①国歌を知っているか②歌えるか③授業で習ったか④式典で歌ったか――を尋ねるよう要望。市長や教育長に宛てて提出された。提案した友寄永三市議は「現状を正確に把握する必要がある」として理解を求めた。 「思想信条の自由」か「教育の権利」か 決議に対しては、県退職教職員会など7団体が声明を出し、「沖縄戦の体験から『君が代』に違和感を持つ県民も多い。調査は思想信条の自由を脅かす」と批判した。 一方で識者からは、むしろ学習指導要領が守られていない現状こそ問題だとの指摘がある。子どもたちは国語や数学と同じように、音楽の授業を通じて国歌を学ぶ機会が保障されている。ところが一部の教員や団体の思想によってその機会が奪われているのだとすれば、それは教育の公平性を著しく損なう行為である。 SNS上の反応も二分している。 > 「思想を理由に国歌を教えないのは教育の放棄だ」 > 「子どもに歌えるか聞く調査は過剰。内心に踏み込むべきでない」 > 「でも指導要領で定められている以上、守らないのは問題だ」 > 「思想よりも、子どもに平等な学習機会を与えるのが先だ」 > 「一部の教員が教えないせいで、子どもたちが学ぶ権利を失っている」 ここには「自由の侵害」という議論と、「教育の権利を守るべき」という議論が交錯している。 学習指導要領は教育の最低基準 2010年から石垣市教育長を務めた玉津博克氏は「国歌の指導は学習指導要領で決められている。教育委員会が調査するのは当然」と語る。さらに「歴史の授業でフランス革命を教えるように書かれていたら、それを強制と呼ぶのか」と反論。思想を理由に指導要領を無視することこそ教育の逸脱だと強調した。 学習指導要領はすべての子どもに最低限の教育を保障するための基準である。国歌を学ぶことが「思想の押し付け」ではなく、他の科目と同様に「知識の共有」として定められている以上、それを妨げることは教育機会の奪取にあたる。 国の立場と今後の焦点 阿部俊子文部科学相は9月26日の会見で「児童生徒の内心に踏み込むものではない。教育指導として進めることが重要」と説明した。中山義隆市長も「意見書は問題ない」と理解を示す。 今後、市教育委員会は調査実施の是非を検討することになるが、焦点は「思想の自由」と「学習権の保障」をどう両立させるかに移っている。子どもたちが音楽教育の一環として国歌を学ぶ権利を奪うことは、特定の思想を押し付ける行為にほかならない。 教育の場で優先されるべきは、子ども一人ひとりに平等な学習機会を保障することである。学習指導要領を軽視する現場慣行が続けば、教育制度の根幹が揺らぐ。今回の石垣市の決議は、自由と権利の境界線を改めて問い直している。
石垣市元教育長「君が代は指導要領で当然」 日教組は思考停止、教育虐待の懸念
石垣市議会の「君が代」調査決議 元教育長が語る現場の問題 沖縄県石垣市議会が、児童生徒が国歌「君が代」を歌えるかを問うアンケートの実施を教育委員会に求める意見書を可決した。この決議は賛否両論を呼び、市民団体からは「自由を侵す」との反発が出る一方で、保護者からは「子どもたちが国歌を学べていない」との懸念が寄せられている。 石垣市の元教育長で2010年から4年間職務を務めた玉津博克氏は取材に対し、意見書は「学習指導要領に定められた教育の確認であり、正当なものだ」と語った。 「強制ではなく当然の義務」 決議について「子どもへの強制ではないか」との批判もある。だが玉津氏は「学習指導要領に歴史や理科を教えると書かれているのと同じで、君が代も指導すべきと定められている。これを強制と呼ぶのはおかしい」と強調した。 その上で、現場では本来の指導が行われていない実態を明かす。「私が高校の校長時代、小学校の卒業式に来賓として出席した際、校長も教頭も教員も、教育委員会の関係者までもが『君が代』を歌わなかった。子どもたちが歌わないのは嫌だからではなく、そもそも教えられていないからだ」と指摘する。 日教組の影響と「思考停止」 玉津氏は現場での国歌軽視の背景に日教組の存在があるとみる。「日教組は、戦争の原因を天皇制と軍国主義に求め、その象徴が日の丸と君が代だと考えている。そのため最初から毛嫌いし、日の丸や君が代については思考停止している」と語った。 教育長時代、玉津氏は入学式や卒業式での日の丸掲揚・君が代斉唱の励行を目指し、実態調査を計画していた。しかし学力向上策や教科書採択問題に追われ、着手できなかったと振り返る。「時間があれば必ず現場の調査を実行していた」と述べた。 > 「子どもが歌えないのは本人の自由ではなく、そもそも教員が教えていないからだ」 > 「学習指導要領に沿った教育を拒むのは義務違反にあたる」 > 「日教組は思想的に君が代を拒否し、現場を思考停止に追い込んでいる」 > 「成果が出ないなら校長を指導するのが教育委員会の責任だ」 > 「児童生徒が自然に君が代を学べる環境づくりを進めるべきだ」 教育虐待という視点 学習指導要領は全国共通の教育基準である。歴史や理科を教えない学校があれば問題視されるのと同様に、国歌教育を拒む現場は、子どもから当然の学習機会を奪っている。 これは単なる「思想上の選択」ではなく、教育行政の責務を逸脱する行為である。記事としては、こうした行為は教育虐待に等しいと捉えざるを得ない。子どもにとって「知らされないこと」は自由ではなく権利の剥奪だからだ。 教育行政に求められる責任 玉津氏は「教育委員会は実態を徹底的に把握し、教員が『指導した』と述べるなら、その具体的な成果を提出させるべきだ。結果が伴わなければ校長を指導する責任がある」と語る。 今回の石垣市議会の決議は、思想対立の問題にとどまらず、子どもの学ぶ権利を守れるかどうかを問うものだ。国歌を歌うか否かは子どもの内心に委ねられる。しかし「そもそも学ばせない」という現状は自由の尊重ではなく、教育の放棄にあたる。
石垣市議会「君が代」調査可決 国歌教育を拒む議員の無責任
石垣市議会で「君が代」調査可決 沖縄県石垣市議会は2025年9月24日、定例会最終本会議で「児童生徒が国歌『君が代』を歌えるかどうか」に関するアンケート調査実施を求める意見書を賛成多数で可決した。結果は賛成14、反対7。アンケートは「国歌を知っているか」「歌えるか」「授業で習ったか」「式典で歌っているか」の4項目で構成され、市長と教育長に提出される。 賛成した議員は「学習指導要領に基づき、児童生徒がきちんと歌えるようにすることは必要」と主張した。これは単なる政治的意思表示ではなく、教育現場の実態を把握するための基本的調査である。日本の国歌を義務教育課程で歌えるようにすることは、国民として当然の教育課題である。 「強制」批判への反論 一部の議員は「子どもへの強制になる」として反対した。しかしこの主張は論点をすり替えている。調査は「歌えるかどうか」を確認するものであり、児童に強制的に歌わせる行為とは別である。そもそも学習指導要領で国歌指導が明記されている以上、学校教育において子どもが歌えるようになるのは当然の到達目標である。調査を拒むことは、現場の指導状況を検証しないまま放置することにつながり、教育の責任を果たさない態度といえる。 市民の声として「子どもたちが国歌を十分に歌えていないのではないか」という懸念が出ている以上、現状把握を行うのは行政と教育委員会の当然の責務である。反対した議員は「政治の介入」を理由にするが、学習指導要領の履行確認は政治介入ではなく教育行政の正当な監督機能である。 国歌教育の意義 国歌は国民統合の象徴であり、式典や国際行事で必ず用いられる。国歌を歌えないという状況は、国際社会の一員として不自然であり、国家意識の希薄化を招く。義務教育の中で歌えるようになることは、音楽教育の一部であると同時に、国民としての基礎的教養の一つである。 国旗や国歌を学ぶことは、国際理解教育とも矛盾しない。むしろ自国の象徴を正しく理解し、尊重できてこそ、他国文化との対話や相互尊重が成立する。今回の調査は、そうした基礎教育の達成度を把握するだけのものであり、「強制」との批判は的外れである。 市民の受け止め 市民の反応も分かれているが、教育責任を果たす観点から調査実施を支持する声は少なくない。 > 「国歌を学ぶのは当然。調査を拒む理由が分からない」 > 「子どもに無理強いではなく、教育の到達度を知ることが大事だ」 > 「反対議員は義務教育の責任を軽んじている」 > 「式典で国歌を歌えないのは国民として不自然だ」 > 「調査は教育改善の手がかりになるはずだ」 教育の責任と今後の課題 今回の議決は、国歌教育の到達度を明らかにする第一歩である。反対した議員の「強制になる」との主張は、教育現場への正しい監督機能を否定し、国歌を軽視する姿勢を示すものだ。義務教育は学ぶべきことを体系的に身につけさせる制度であり、その一部に国歌指導が含まれている以上、現場が適切に実施しているかを調べるのは当然である。 今後は調査結果を踏まえ、授業での指導方法や式典での運用を改善していくことが重要になる。国歌を子どもたちが歌えるようにすることは、日本人としての共通基盤を築く教育の根幹であり、政治的対立の道具にしてはならない。
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