2025-10-16 コメント投稿する ▼
金子洋一氏、「60年償還ルールは制度疲労」 格付機関も無関心、形骸化する財政規律
元参議院議員で神奈川20区選出の金子洋一氏が、SNS上で日本の財政運営における「60年償還ルール」の実効性に疑問を呈しました。 「60年償還ルール」とは、国債を発行した際、60年間で元本をすべて償還するとする日本政府の財政ルールです。 金子氏の「格付機関が知らない」という発言は、日本の官僚的“おまじないルール”が世界基準から外れていることを示唆します。
金子洋一氏、60年償還ルールの形骸化を指摘
元参議院議員で神奈川20区選出の金子洋一氏が、SNS上で日本の財政運営における「60年償還ルール」の実効性に疑問を呈しました。
金子氏は、「最近の格付機関の日本国債担当者が『JGBの60年償還ルールって何ですか?』と尋ねていた」と述べ、格付機関でさえ日本独自の制度を理解していない現実を明かしました。
さらに氏は、「格付機関が知らないのだから、廃止しても格付が下がるわけもない」と明言。財務省が「国際的信認のため」と主張してきた理屈の虚構を突きました。
60年償還ルールとは何か:形式上の“借金返済計画”
「60年償還ルール」とは、国債を発行した際、60年間で元本をすべて償還するとする日本政府の財政ルールです。1955年に導入され、当初は「新規の借金を増やさず、世代間で公平に負担する」目的がありました。
しかし実際には、満期を迎えた国債を新しい国債で借り換える「ロールオーバー方式」が一般化しています。毎年の予算における「公債償還費」の多くは、新規発行によって再び借金として計上されています。
つまり「60年で返す」という名目は存在しても、実質的には永久債に近い構造になっています。
ルールの数値的な仕組み
財務省はこのルールに基づき、毎年国債残高の1/60を償還原資として計上しています。2025年度概算要求では約26兆円がこの償還費として組み込まれましたが、そのうち現金返済はごく一部で、9割以上が新規国債による借換えです。
一方、国債残高はGDPの約260%(2025年時点推計)に達し、60年償還を厳密に行うには実現不可能な規模です。形式的な「返済原則」を掲げながら、実態は継続的な借換えによる延命であり、制度的フィクションと化しています。
格付機関は何を見ているのか
金子氏が言及した通り、格付機関(S&P、ムーディーズ、フィッチなど)は「60年償還ルール」そのものを評価指標にしていません。彼らが注視するのは、
* 政府債務の持続可能性(Debt Sustainability)
* 中央銀行の通貨発行能力と独立性
* 政治的安定性
* 財政再建への“意思”と“手段”
の4点です。
つまり、形式的ルールを守っているかどうかは二の次。むしろ、実体経済に応じて柔軟に債務管理を行う方が高く評価される傾向にあります。金子氏の「格付機関が知らない」という発言は、日本の官僚的“おまじないルール”が世界基準から外れていることを示唆します。
なぜ財務省はルールを手放せないのか
それでも財務省が「60年償還」を維持するのは、政治的理由が大きいとみられます。
第一に、形式的な「財政健全化の証」として国会審議を乗り切るための説明装置。
第二に、積極財政論への防波堤としての予算抑制メカニズム。
第三に、国民に「借金を返している」という印象を与える心理的装飾です。
つまり、経済的合理性よりも政治的演出の側面が強く、金子氏の指摘通り「格付維持」とは無関係なのです。
制度疲労の行き着く先:ルール廃止の議論
一部の経済学者や政治家の間では、「60年償還ルールの廃止」も現実的選択肢として議論され始めています。
廃止すれば、償還費分の財源を公共投資や減税に回せる可能性があり、デフレ脱却や賃上げ促進の財源確保につながるとの指摘もあります。
「形式だけの財政規律を守っても、国民生活は豊かにならない」
「見せかけのルールを続けるより、実体経済を立て直すべきだ」
「金子さんの指摘は正論。そもそも60年返済って誰のため?」
「借換えが常態なのに“返済している”と言うのは欺瞞だ」
「国債の信認は中央銀行の政策力で保たれている」
SNS上でも、こうした声が多く上がり、制度廃止への理解が広がりつつあります。
金子氏の投稿は、これまで専門家の議論に留まっていたテーマを、国民的議論へと押し上げる契機になりました。
見せかけの健全化より、実体的な経済政策を
「60年償還ルール」は、戦後日本の財政神話の象徴です。だが現代では実質的に意味を失い、経済再生の足かせになりつつあります。
格付機関が評価しないルールを守るために成長を犠牲にするのは、本末転倒です。
金子洋一氏の発言は、単なる批判ではなく、財政運営を実態に合わせて再設計すべきという合理的提言です。
財務省が「建前の財政健全化」から脱し、国民生活の向上を目的とした財政ルールへ舵を切れるか。日本経済の分岐点は、まさにこの“60年神話”の解体にあります。