2025-08-23 コメント投稿する ▼
沖縄国保赤字の背景に潜む沖縄戦の影―新垣淑豊氏が示す歴史と制度の課題
国保財政赤字に潜む沖縄戦の影:新垣淑豊氏の問題提起
沖縄県の国民健康保険(国保)は、統計上は黒字に見える年もあるものの、実態は慢性的な赤字体質に苦しんでいる。令和5年度の決算では歳入1,879億円、歳出1,871億円と数字の上では8億円の黒字となった。しかし、一般会計からの法定外繰入を除けば、実際には109億円の赤字であり、38市町村が赤字計上という厳しい現実がある。こうした状況について、新垣淑豊氏は「単に会計上の問題ではなく、沖縄戦に根差した歴史的要因を直視すべきだ」と指摘する。
沖縄戦で壮年男性が大量に失われたことが、戦後の労働力不足や教育・産業の遅れを招き、それが今日の低所得構造や国保財政の脆弱性に直結している
と新垣氏は強調する。
数字が語る構造的な弱さ
沖縄の国保は、保険料収入だけでは医療費をまかなえない状態が常態化している。県民1人あたりの医療費は年間36万9,600円、65歳未満は26万1,300円にとどまるが、65歳から74歳では60万8,900円と突出している。さらに、滞納世帯の割合は12.6%にのぼり、収納率は94.76%。離島では島外受診や緊急搬送などでコストがかさみ、県が通院費助成やドクターヘリの補助を行わざるを得ない状況だ。
かつて「長寿県」と呼ばれた沖縄だが、糖尿病や高血圧、透析患者の増加が医療費を押し上げており、その背景には戦後の栄養状態の悪化や食生活の変化も影響している。新垣氏は「統計だけ見れば沖縄の高齢化率は全国より低いが、失われた世代の不在が地域の経済基盤を弱め、低所得層が国保に集中する構造を生んでいる」と述べる。
制度改革と残る矛盾
2018年には県単位化が導入され、財政管理が市町村から県に一本化された。これにより、保険料率の平準化や財政調整は進んだものの、実際の賦課や徴収は市町村の役割として残っており、収納率や滞納率には地域差が残っている。国は法定外繰入の縮小を求める方針を強めているが、新垣氏はこれに警鐘を鳴らす。
沖縄にとって法定外繰入は単なる財政補填ではなく、戦後補償の一部でもある。これを一律に縮減するのは、沖縄の特殊事情を切り捨てることになる
財政健全化の名の下に過去の歴史を無視すれば、制度の持続性どころか県民生活を根底から揺るがすことになりかねない、という問題提起だ。
出口はどこにあるのか
新垣氏は、沖縄の国保赤字を克服するためには三つの柱が必要だと説く。
第一に、生活習慣病や透析などの重症化予防に重点を置いた保健事業の強化である。特定健診や保健指導を質的に高め、数値で成果を測る仕組みを導入すべきだと主張する。
第二に、収納強化を強制的な差押えに頼るのではなく、世帯の実情を把握し、減免や分納を柔軟に運用する「伴走型支援」へと転換する必要がある。就労や家計相談と連動させ、「納められる形」を設計することが不可欠だとする。
第三に、離島や過疎地で避けられない搬送・宿泊・交通費などの地理的コストを、県や国の基金で明示的に補填する仕組みを導入すべきだと提言する。
戦後80年、制度に残る「影」
沖縄戦から80年を迎える今、国保財政の赤字は単なる会計の問題ではなく、戦争によって奪われた命と基盤が制度に残した影を映し出している。
国保財政の立て直しとは、同時に戦後処理の未完に向き合うことでもある
新垣氏の言葉は、制度改革と歴史的補償をどう両立させるのかという重い課題を突きつけている。財政健全化と平等な補償の両立、これこそが沖縄の国保が直面する本質的なテーマだ。
国保財政をめぐる議論は数字のやりくりに終始しがちだが、沖縄の場合、それは戦後復興の遅れや社会基盤の脆弱さと切り離せない。新垣氏の主張は「歴史を直視しない限り、持続可能な制度設計はできない」という警告でもある。制度の効率化や一律化ではなく、沖縄固有の背景を踏まえた補償と支援が必要だ。戦後80年を迎える今、その声に耳を傾けることこそ、未来の国保財政の安定に繋がるのではないだろうか。