2026-02-28 コメント投稿する ▼
高市首相の竹島対応に失望、総裁選発言は韓国配慮で封印
2026年2月22日、島根県松江市で第21回「竹島の日」記念式典が開催されました。しかし高市早苗首相は閣僚の出席を見送り、古川直季内閣府政務官のみを派遣しました。総裁選での威勢の良い発言は韓国への配慮の前に完全に封印され、地元の期待は裏切られる結果となりました。
総裁選での勇ましい発言はどこへ
高市首相は2025年9月の自民党総裁選で「本来でしたら竹島の日(の記念式典)に堂々と大臣が出ていったらいいじゃないですか。それは顔色をうかがう必要はない」と強気の姿勢を示していました。島根県や関係者は、この発言に大きな期待を寄せていました。
しかし首相就任後の2025年10月、立憲民主党の今井雅人衆院議員から同様の質問を受けた際、高市首相は「竹島の日の式典の政府代表については適切に対応して参ります」とトーンダウン。結局2026年も従来通り政務官派遣にとどまりました。
「高市総理は口だけだったのか」
「総裁選の威勢は韓国の顔色伺いで消えた」
「竹島問題で弱腰なら何のための保守政権か」
「地元を裏切って韓国に配慮とは情けない」
「政務官派遣は100点中2点の対応だ」
式典で丸山達也島根県知事は「竹島の領土権確立が100点だとすると、政府主催の式典の開催というのはある意味10点、政務官が出席している状況は言ってみれば2点」と述べました。閣僚の出席自体に重きを置いていないとしながらも、政府の消極的な姿勢への失望を隠しませんでした。
式典には国会議員や県議ら424人が出席し、自民党の有村治子総務会長が党三役として初めて出席しました。古川政務官は「毅然と対応しつつ、粘り強い外交努力により、平和的に紛争を解決する」と述べましたが、会場からは「なんで大臣じゃないんだよ」「恥を知れ」といった厳しいヤジが飛びました。
貴重な証言と新発見の史料
一方で、日本の竹島領有権を裏付ける重要な証拠が相次いで発見されています。
松江市在住の野津豊さん(95歳)は、1954年に島根県の取締船「島風」の乗組員として竹島に渡り、隠岐の漁師によるワカメやアワビ漁に同行しました。これが公式に記録された竹島での日本人による最後の漁です。当時は韓国が竹島の領有権を主張していた緊迫した状況で、渡航は極秘事項でした。
また2025年11月、東京の領土・主権展示館で1934年に大阪朝日新聞が撮影したアシカ猟の貴重な映像が公開されました。竹島でのアシカ猟の克明な記録としては唯一のもので、網にかかったニホンアシカを漁師が浜に揚げる様子が収められています。
島根県は2024年から2025年末にかけて、鳥取県米子市の商家に残る古文書や地図など約70点の史料を新たに取得しました。これらは江戸幕府公認のもと、古くから竹島で日本人が活動していたことを示す「第一級」の史料です。
村川家文書には、江戸時代初期の17世紀に竹島で漁をしていた記録が残されています。米子の商家「村川家」は、幕府から特に許可を受けて鬱陵島へ渡る途中、竹島を航行の目印や停泊地として利用し、後には竹島でも幕府公認の下で漁猟を行っていました。
韓国への配慮が問題解決を遠ざける
島根県竹島問題研究顧問の藤井賢二さんは「韓国に対して私はもう少し怒りの姿勢を見せても良いと思う。日本は本当に怒っているんだということをもっと見せてもいい」と指摘しています。
高市政権は改善基調の日韓関係に配慮したとみられますが、韓国への過度な配慮が竹島問題の解決を遠ざけているのではないでしょうか。韓国は2026年も「竹島の日」式典の即時中止を求める公式声明を発表し、一歩も譲らない構えを崩していません。
政務官の出席は2013年から14年連続となりましたが、島根県などが要望してきた閣僚の出席は過去21年間で一度もありません。歴史的証拠が次々と発見され、日本の領有権が明白になっている中で、政府が及び腰の姿勢を続けることは理解できません。
竹島問題は「台湾有事」発言をめぐる東アジア情勢の緊張が高まる中、高市政権にとって難しい外交課題となっています。韓国による不法占拠から70年余りが経過し、直接の記憶を持つ世代がいなくなろうとする今、総裁選での威勢の良い発言を実行に移すことこそが真の保守政治ではないでしょうか。
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