2026-01-26 コメント投稿する ▼
菅元首相引退、公明離脱「辛かった」吐露、維新との約束実行を後進に釘刺し
衆議院解散に伴って政界を引退した菅義偉元首相が2026年1月26日、報道各社とのインタビューに応じました。菅氏は、2025年10月に自民党との連立を離脱した公明党について触れ、「26年間、野党の時も一緒に取り組んできた連立を解消することは、大変辛いことであったと思っている」と吐露しました。一方、自民党が新たに連立を組んだ日本維新の会については、「改革によく取り組んでいるから、自民党も約束したことはしっかり実行に移すことを忘れてはならない」と後進に釘を刺し、連立政策合意の実行を強調しました。菅氏は第2次安倍政権下で歴代最長の7年8カ月にわたって官房長官を務め、その後は首相として新型コロナウイルスの対応に尽力しましたが、30年にわたる政治活動に終止符を打ちました。
公明党離脱を「大変辛いこと」と吐露
菅義偉元首相は2026年1月26日、報道各社とのインタビューに応じ、2025年10月に自民党との連立を離脱した公明党について触れました。菅氏は、「どんなに長い連立をやっても、違う政党だからコミュニケーションが大事」と指摘し、公明党と太いパイプを築いた自身の政治活動を振り返りました。
その上で、「26年間、野党の時も一緒に取り組んできた連立を解消することは、大変辛いことであったと思っている」と吐露しました。菅氏は、自民党と公明党の連立政権を長年支えてきた政治家の一人であり、公明党との関係を重視してきました。
自民党と公明党の連立は1999年に始まり、26年間にわたって続いてきました。しかし、2025年10月、公明党は自民党との連立を離脱し、立憲民主党と合流して中道改革連合を結成しました。この動きは、自民党にとって大きな打撃となり、政界再編の引き金となりました。
菅氏は、公明党との連立解消を「大変辛いこと」と表現していますが、これは自民党内の多くの政治家が共有する感情だと思われます。長年の協力関係が崩れたことで、自民党は新たな連立相手を探す必要に迫られました。
「菅さんは公明党との関係を大事にしてたんだね。離脱は本当に辛かったんだろうな」
「26年間も連立してたのに、公明党は簡単に裏切ったよね。菅さんの気持ち分かる」
「公明党は立憲と組んだけど、結局うまくいくのかな?自民と組んでた方が良かったんじゃない?」
「菅さんの引退は残念。公明党離脱の混乱の中、もう少し頑張ってほしかった」
「コミュニケーションが大事って言うけど、それができなかったから離脱されたんでしょ」
維新との約束実行を後進に釘刺し
菅元首相は、自民党が新たに連立を組んだ日本維新の会については、「改革によく取り組んでいるから、自民党も約束したことはしっかり実行に移すことを忘れてはならない」と後進に釘を刺し、連立政策合意を実行に移すことの必要性を強調しました。
自民党と日本維新の会は、公明党の離脱後、連立政権を樹立しました。両党は、規制改革、地方分権、行政改革などで政策合意を結んでいます。菅氏は、維新の会が改革に積極的に取り組んでいることを評価し、自民党も約束を守るべきだと述べました。
しかし、自民党と維新の会の連立は、公明党との連立ほど安定したものになるかは不透明です。維新の会は、自民党よりも改革志向が強く、政策の違いから対立する可能性もあります。菅氏が「約束したことはしっかり実行に移すことを忘れてはならない」と強調したのは、連立の安定性を懸念してのことかもしれません。
また、維新の会との連立政策合意には、消費税減税、規制改革、憲法改正などが含まれています。これらの政策を実行に移すには、自民党内の調整や国会での審議が必要であり、簡単ではありません。菅氏の発言は、後進に対する警告とも受け取れます。
30年の政治活動に終止符
菅義偉氏は、自身の後継候補に首相在任中の秘書官を選んだことについて、「世襲はしないと現役時代から訴えてきたので、最初から全く考えていなかった」と明かしました。その上で、「日本に生まれて政治をやりたい、志のある者は、出来るだけチャンスがあるということを考えて選定した」と述べました。
菅氏は、第2次安倍政権下で歴代最長の7年8カ月にわたって官房長官を務めました。その後、2020年9月に安倍晋三首相の後を継いで第99代内閣総理大臣に就任し、新型コロナウイルスの対応に尽力しました。菅政権は、ワクチン接種の推進、経済対策、デジタル化の推進などに取り組みましたが、2021年9月に退陣しました。
高市早苗首相による衆議院の解散に伴い、菅氏は30年にわたる政治活動に終止符を打つことを決断しました。菅氏の引退は、自民党にとって大きな損失であり、多くの政治家や支持者が惜しむ声を上げています。
菅氏は、秋田県出身で、地方から中央政界に進出した政治家として知られています。世襲ではなく、自らの努力で政治家としてのキャリアを築いた菅氏の姿勢は、多くの人々に評価されてきました。引退後も、菅氏の政治的遺産は日本の政治に影響を与え続けるでしょう。