2025-07-09 コメント投稿する ▼
「運がいいことに能登で地震」発言に批判殺到 問われる鶴保議員の資質と自民党の災害観
「運よく能登で地震」発言に怒り噴出 鶴保参院予算委員長の資質に疑問の声
人命を前にして「運がいい」?問われる議員の資格
「運のいいことに能登で地震があった」――。自民党の鶴保庸介参院予算委員長によるこの発言が、全国に衝撃を与えている。
発言の場は公式な会合の場ではなかったとされるが、その内容の軽さ、被災地や遺族への配慮のなさに、政党や市民から厳しい批判が噴き上がっている。
この件について、日本共産党の田村智子委員長は9日、遊説先の岡山市で記者団に対し、「議員としての資格が問われる発言だ」と厳しく断じた。
「能登の被災者は今も生活再建の見通しも立たず、苦しみの中にいる。そんな中で“運がよかった”とは、あまりに無神経で非人間的だ」と憤る田村氏。
さらに田村氏は、「これは単なる個人の失言ではなく、自民党が長年進めてきた“復興”政策の体質が出たのではないか」と語った。
阪神・淡路大震災や東日本大震災でも、自民党政権は被災者の生活再建を後回しにし、インフラ整備や企業支援ばかりを優先してきた。その延長線上にある発言だというのだ。
「“運がよかった”って…何が?誰にとって?」
「人が死んで、町が壊れて、避難生活してる人がまだいるのに?」
「こんな人が予算委員長?信じられない」
「自民党の復興って、やっぱり国民じゃなくて“お金の話”なんだ」
「心のない政治は、いらない」
能登の支援切り捨ての兆候と重なる発言
田村委員長が「自民党の本音」と評した背景には、現在進行形の能登半島地震の支援縮小問題がある。
発災から半年を過ぎても、水道・道路の復旧が遅れ、仮設住宅の整備も進まないなか、政府は一部支援の「打ち切り」を検討しているという情報も漏れ聞こえる。
そうした状況下で飛び出した「運がよかった」発言は、まさに「国民の痛みが見えていない証拠」だとして、多くの被災者や支援団体から怒りの声が上がっている。
共産党はかねてから、被災者の生活と生業(なりわい)の再建を最優先にすべきだと主張しており、今回の発言を「自民党が掲げる“復興”の虚像を暴いたもの」と捉えている。
問われる政治の品格と責任
鶴保氏はこれまでにも、「空気を読まない直言型」として知られてきたが、今回のような災害を「運」と表現することがどれだけの傷を生むか、想像力の欠如を指摘する声は強い。
予算委員長という立場は、国家の財政に関わる重要な役職である。そこに就く人物が災害を“政治的な好機”と捉えるような発言をすること自体、政治の品格と信頼を大きく揺るがせる。
加えて、今後の支援策や予算編成において、被災地への配慮や公正さが失われるのではないかと不安視する声も出ている。
特に、能登半島では観光業や漁業が深刻な打撃を受けており、「地域の経済と暮らしを立て直すにはまだ何年もかかる」とされる。それにもかかわらず、「もう終わった話」「タイミングとしてはよかった」と言わんばかりの発言は、決して許されるものではない。
自民党に漂う「人ごと政治」 問われる国民の審判
田村氏は「発言の撤回や謝罪だけで済む話ではない。こうした感覚の政治家が政治の中枢にいること自体、国民の安全と尊厳を脅かす」と警鐘を鳴らした。
また、「被災地は“自己責任”でなんとかしろ、という態度がにじみ出ている。これは過去の災害でも繰り返されてきた」と指摘し、災害対応のあり方を根本から見直すべきだと訴えている。
「支援は早々に打ち切られ、地元には“復興の名のもとに外資系企業やゼネコンだけが儲かる構図”が残る。それが自民党の“災害政治”だ」との批判も、一部の有権者から上がっている。
今回の発言は、国会議員の「感覚のズレ」がまた一つ明らかになった事例でもある。問われているのは、単なる「失言」ではなく、その背景にある政治姿勢そのものだ。