2026-01-06 コメント: 1件 ▼
栃木県立高の暴行動画に知事「絶句」、高校無償化で暴力生徒にも血税投入の矛盾
栃木県立真岡北陵高等学校で男子生徒が別の男子生徒に暴行を加える動画がSNSで拡散し、社会に衝撃を与えています。福田富一知事氏は2026年1月6日の記者会見で「絶句した。卑怯者、弱い者いじめはやめろとまず思った」と強く非難しました。しかし、この事件が浮き彫りにしたのは、2025年度から始まった高校無償化制度の矛盾です。暴力行為を働く素行不良の生徒にまで税金が投入される現状は、納税者の理解を得られるのでしょうか。
トイレで行われた卑劣な暴行
動画は9秒間で、校内のトイレで1人の生徒が無抵抗の生徒の顔面を2度拳で殴り、後頭部を足蹴りする様子が映っています。さらに、複数の生徒が周囲ではやし立てている状況も確認できます。2025年12月に撮影された後、2026年1月4日にSNSで拡散され、栃木県警が暴行事件として捜査を開始しました。
加害者とみられる生徒は県警の事情聴取に対し、暴行の事実を認め「大変申し訳ないことをした」と話したといいます。しかし、謝罪の言葉だけで済む問題ではありません。学校という教育の場で、複数の生徒が見ている前で一方的な暴力が振るわれ、しかもそれを動画撮影して拡散する行為は、教育以前の倫理観の欠如を示しています。
福田知事は中村千浩県教育長氏に対し、県教委や当該高校が把握している事案の内容について、7日までに記者発表するよう指示しました。動画拡散を受けて県教委や高校、自治体には県内外から問い合わせや通報、抗議の電話が殺到し、「通常業務に手を付けられないほど」の状況に陥っています。
「暴力振るう生徒の授業料まで税金で払うの?納得できない」
「無償化は勉強したい子を支援する制度であって、暴力生徒を養う制度じゃない」
「こんな行為をする生徒は退学させて、真面目な子に税金使うべき」
「高校無償化の対象者を見直す必要があるんじゃないか」
「税金の無駄遣い。素行不良者は自費で通学させろ」
2025年度から始まった高校無償化の実態
2025年4月から、高校授業料の所得制限が撤廃され、公立高校は実質無償化されました。国公立私立を問わず年間11万8,800円の就学支援金が支給され、公立高校の授業料はこれで全額が賄われます。さらに2026年度からは私立高校についても所得制限が撤廃され、支給上限額が45万7,000円に引き上げられる予定です。
この制度改正により、従来は年収約910万円未満の世帯のみが対象だった支援が、全世帯に拡大されました。新たに約87万人が対象となり、2025年度予算では1,064億円が追加計上されています。教育格差の是正と機会の平等という理念のもと、すべての高校生が経済的理由で進学を諦めることのない社会を目指す制度です。
しかし、この制度には大きな問題が潜んでいます。支援の対象者を選別する仕組みが所得のみであり、生徒の素行や学習意欲は一切考慮されていないのです。真面目に勉強している生徒も、今回のような暴力行為を働く生徒も、同じように税金で授業料が支払われる仕組みになっています。
血税を何に使うべきか
納税者の視点に立てば、疑問は当然です。教育を受ける権利は憲法で保障されていますが、その権利には義務と責任が伴います。学校という共同体の中で他者を傷つけ、秩序を乱す生徒にまで、なぜ国民の税金を投入しなければならないのでしょうか。
文部科学省の調査によれば、2022年度の全国の高校における暴力行為の発生件数は9,819件に上ります。いじめの認知件数も増加傾向にあり、学校現場では深刻な問題となっています。栃木県でも宇都宮市立小中学校で暴力行為が倍増し、過去10年で最多となるなど、教育現場の荒廃が進んでいます。
高校無償化制度は教育機会の平等という崇高な理念に基づいています。しかし、その理念を実現するためには、単に経済的支援を行うだけでは不十分です。真に教育を必要とし、真面目に学ぼうとする生徒を優先的に支援する仕組みが必要ではないでしょうか。
一部の識者からは、「無償化の対象者に素行要件を設けるべき」という意見も出ています。重大な校則違反や暴力行為を繰り返す生徒については、支援を一時停止または打ち切る仕組みを導入することで、生徒自身に責任を自覚させ、学校の秩序を保つことができるというのです。
海外では支援に条件を設ける国も
海外に目を向けると、教育支援に一定の条件を設けている国があります。ドイツでは職業訓練学校への支援に出席率の基準があり、フランスでは重大な規律違反に対して奨学金停止の措置があります。これらの国では、教育支援は権利であると同時に、それを受ける側の責任も明確にされています。
日本でも、大学の給付型奨学金制度では、成績要件や学習意欲の確認が行われています。高校段階でも同様の仕組みを導入することは、決して不可能ではありません。むしろ、限られた財源を効果的に活用し、真に支援を必要とする生徒に手厚い支援を行うためには、必要な措置といえるでしょう。
今回の栃木県の事件は、高校無償化制度の盲点を浮き彫りにしました。教育の機会を等しく保障することは重要ですが、その機会を悪用し、他者を傷つける行為を行う生徒にまで、無条件で税金を投入し続けることが正しいのか。国民的議論が必要な時期に来ています。
福田知事の「絶句した」という言葉は、多くの納税者の思いを代弁しています。血税の使い道として、暴力行為を働く生徒の授業料を負担することに納得できる国民がどれほどいるでしょうか。高校無償化制度の見直しと、教育支援のあり方についての本質的な議論が求められています。