2026-02-10 コメント: 1件 ▼
江藤拓氏が宮崎2区で落選、1996年から親子2代30年守った議席失う、コメ失言が命取りに
2026年2月8日に投開票された衆院選で、宮崎2区の自民党前職・江藤拓氏は小選挙区で落選し、国民民主党の長友慎治氏に敗れました。 小選挙区制が導入された1996年から、元総務庁長官の父・江藤隆美氏と親子2代で30年間守り続けた議席を失う結果となりました。 江藤氏は比例九州ブロックで復活当選し9期目を迎えましたが、**「小選挙区を落としたのは不徳のいたすところ。
日向市の事務所で復活当選確実の一報を受けた江藤氏は、待ち構えた支持者から拍手を受けました。しかし、その表情には喜びよりも悔しさがにじんでいました。江藤氏は「小選挙区を落としたのは不徳のいたすところ。全て私の責任」と繰り返し、2025年5月のコメ失言に対するおわびに追われた選挙戦を振り返りました。
2025年5月のコメ失言が命取りに
江藤氏の選挙戦を苦しめたのは、2025年5月21日に佐賀市内で行われた政治資金パーティーでの失言でした。石破茂政権で2度目の農林水産大臣に就任していた江藤氏は、コメの価格高騰が続く中で「コメは買ったことがない」「支援者がくれるので、売るほどある」と発言し、国民から強い批判を浴びました。
江藤氏はすぐに謝罪し、「売るほどあるというのは言い過ぎた。会場が盛り上がっていたので、ウケを狙って強めに言った」と釈明しましたが、批判はやまず、発言から4日後の5月21日に農林水産大臣を辞任しました。小泉進次郎氏が後任となり、江藤氏は自民党宮崎県連会長も辞任に追い込まれました。
物価高騰で国民生活が苦しむ中、農林水産大臣という立場にありながら「コメは買ったことがない」と発言したことは、庶民感覚の欠如を象徴するものとして受け止められました。農業を主要産業とする宮崎2区の有権者にとって、この失言は特に衝撃的でした。
謝罪行脚に追われた選挙戦
衆院選の選挙戦中、江藤氏はJAの支店を中心に遊説し、支援者への謝罪を続けました。2026年1月31日には日向市の田園地帯にあるJAみやざき農業機械センターで、農業関係者約100人を前に「本当に、本当に、言ってはならない一言だった。本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げました。
江藤氏は地元に張り付くようにして演説会を重ね、謝罪行脚を続けました。ポスターは高市早苗首相とのツーショットに差し替え、政権中枢との近さを前面に出しました。「私は一番現場をよく知っている政治家として有名だ」と豊富な農政経験を売りに、揺らぐ農業票の引き戻しを狙いましたが、失言の影響は大きく、小選挙区での当選には届きませんでした。
公明票の離反が追い打ち
江藤氏の敗北には、公明党との選挙協力が解消されたことも大きく影響しました。宮崎2区には創価大学があり、公明党の組織票は約1万5000票とされています。長年、選挙区と比例代表で票の「貸し借り」をしてきた江藤氏と公明党の協力関係が成り立たなくなったことは、致命的でした。
公明党が立憲民主党と結成した中道改革連合は選挙区候補を立てておらず、公明県本部は「態度を決めないということを決めた」として沈黙を続けました。江藤陣営の関係者は「比例は中道とは言えない。今までのようにはいかない」と声を落としていました。
江藤氏を推薦する宮崎県農民連盟は比例代表で自民を推すことを決めましたが、2区内の支部の一部から比例選の「自主投票」を求める声が上がり、連盟は事実上容認しました。連盟関係者は「公明票がゼロにはならないことを期待している」と語りましたが、結果的に公明票の多くは江藤氏に流れませんでした。
父・江藤隆美氏から受け継いだ地盤
江藤拓氏の父・江藤隆美氏は、建設大臣、運輸大臣、総務庁長官を歴任した大物政治家でした。1969年に衆議院議員に初当選し、10回の当選を重ね、長く国政の場で活躍しました。「江藤・亀井派」を率い、タカ派の論客として知られていました。
小選挙区制が導入された1996年以降、江藤隆美氏は宮崎2区で強固な地盤を築きました。2003年に隆美氏が引退すると、秘書を務めていた江藤拓氏が地盤を引き継ぎ、無所属で初当選しました。以降、江藤拓氏は8連勝を続け、2005年の郵政選挙では自民党公認を得られなかったにもかかわらず、無所属で勝利するなど、強固な城壁を誇ってきました。
しかし、今回の衆院選で江藤氏は国民民主党の長友慎治氏に約6万5630票対約6万9000票で敗れました。出口調査では長友氏が49.8%、江藤氏が45.9%と大接戦となり、開票が進むにつれて長友氏が逆転しました。1996年から30年間、親子2代で守り続けた議席を失ったことは、江藤氏にとって大きな痛手でした。
父も失言で辞任、親子2代の「舌禍」
驚くべきことに、江藤拓氏の父・隆美氏も過去に失言で閣僚を辞任しています。1995年、村山内閣で総務庁長官を務めていた際に、韓国の植民地支配について「日本はいいこともした」と発言し、外交問題化しました。批判の高まりを受けて隆美氏は辞任に追い込まれました。
親子2代で「舌禍による閣僚辞任」という極めて珍しい事例となり、政治史に残る一幕となりました。江藤拓氏は2019年にも農林水産大臣として豚熱を巡り「神様が悪い」と発言し、批判を受けて撤回した過去があります。短気な一面を指摘する声もあり、失言癖が今回の敗北につながったと言えるでしょう。
9期目に向け「国民の暮らしに寄り添う」
比例九州ブロックで復活当選し9期目を迎える江藤氏は、「国民の日々の暮らしに寄り添った政治家にもう一度立ち返る」と再出発を誓いました。江藤氏は選挙戦で、これからの5年間で別枠2兆5000億円規模の予算を確保し、中山間地域などへの支援を加速させることで、抜本的な農業構造の転換を図りたいと訴えていました。
しかし、小選挙区で敗れたという事実は重く、地元有権者からの信頼回復が急務です。江藤氏は「大失態は仕事で返す」と話していますが、コメ失言の傷は深く、次回の選挙で小選挙区での当選を取り戻せるかは不透明です。
宮崎2区では、国民民主党の長友慎治氏が2期連続で比例復活だった状況から、初めて小選挙区での当選を果たしました。長友氏は「今度こそ、小選挙区で勝たせていただけないでしょうか」と訴え続け、旭化成発祥の地・延岡市を中心とする労組票を基盤に、自民支持層にも浸透しました。
江藤氏が親子2代で守り続けた宮崎2区の議席を失ったことは、自民党にとっても大きな痛手です。農政のエキスパートとして知られる江藤氏ですが、失言と公明票の離反という逆風を乗り越えることはできませんでした。9期目となる今後の活動で、地元有権者の信頼を取り戻せるかが問われています。
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